被告第2準備書面・証拠説明書(2)

2020年1月31日提出

令和元年(ワ)第338号 損害賠償等請求事件
原  告  株式会社村田商店
被  告  遠藤 千尋

被告第2準備書面

2020(令和2)年1月31日
奈良地方裁判所民事部3B係 御中
被告訴訟代理人弁護士

第1 原告第1準備書面に対する認否

以下、原告が「中核的争点」としていない争点については、できる限り認否の中で反論する。

1 「第1 はじめに」について

(1)「1 「被告の主張」全体について」について
  • 第1段落は、認める。

  • 第2段落以降は、争う。確かに本件記事は平成28(2016)年6月に作成されているが、後述するように、原告は平成28(2016)年6月以降の出来事を根拠に、平成28(2016)年6月時点における本件記事の真実性を否定している。したがって、原告の主張に反論するためには、平成28(2016)年6月以降の出来事にも触れざるを得ない。また、原告は、いくつかの争点で、行政の対応を根拠に、本件記事の真実性を否定している。原告が指摘する行政の対応を検討するためには、当然のことながら、その経過を確認する必要がある。

(2)「2 本件訴訟に至る経緯 (2)原告の主張」について
ア 「ア 刑事告訴」のうち、
  • 第1段落は概ね認めるが、「弥勒の道プロジェクト」のウェブサイトに記載した記事に関し、被告に「原告に対する攻撃」を「エスカレート」させた認識はない。

    ところで、京都府笠置町にある笠置山には、巨大な弥勒如来磨崖仏があり、とりわけ平安時代後期から鎌倉時代にかけ、弥勒信仰の聖地となっていたことが知られる。被告は、奈良から笠置山を結ぶ古道を、弥勒信仰の巡礼路だった史実に基づき「弥勒の道」と呼んでいるが、現在この道は、原告が経営する村田養豚場の敷地の間を通っている。

    刑事告訴で告訴事実1(甲9、2頁)に挙げられた、「弥勒の道プロジェクト」ウェブサイト上に掲載された記事は、被告が実際に村田養豚場の敷地の間を通り抜けた際に感じたことの他、村田養豚場周辺に多数の放し飼いの犬がおり、村田養豚場から離れた場所にも拘わらず、放し飼いの犬がくくり罠にかかっていたことや、里道上で重機を使った作業が行われていることなど、通行に様々な支障がある現状を指摘し、当該里道の通行を試みる者に注意を促すものであった。

    ただし、それらの記事は「弥勒の道」周辺を紹介する数ある記事のいくつかに過ぎない。刑事告訴された平成28(2016)年5月10日当時、「弥勒の道プロジェクト」ウェブサイト上には、古道周辺を紹介する記事が95ページ存在していた 。

    なお告訴事実1に挙げられた記事が書かれた当時、村田養豚場には犬を収容するのに十分な囲いすらなく、少なくとも50頭以上の犬が、ほとんど常に村田養豚場付近を徘徊しているように思われた。現在、村田養豚場にある犬の囲い(檻)は、原告による刑事告訴の少し前に、ようやく整備されたものである。

    また平成28(2016)年5月10日当時、「弥勒の道プロジェクト」のウェブサイトには、告訴事実1に挙げられた記事の他に、村田養豚場の問題に関する「行政の対応」をまとめたページも存在した。そこでは山林掘削に関して「大きく削られている土地も村田養豚場の土地ではありませんでした。好きにしていいと言う約束だったと主張して、借りていた土地を削ったのだそうです。この件も裁判になっています」という、本件記事同様の記述もあったが、原告による刑事告訴では、特にこの点は告訴事実に含まれていない(甲9、2頁)。

  • 第2段落は不知。

  • 第3段落は認める。確かに被告は平成28(2016)年7月19日に奈良市警察署の家宅捜索を受け、パソコンと携帯電話のほか、書類を押収されたが、当然のことながら、被告はそれまで刑事告訴されていたことを知らなかった。

イ 「イ 被告の攻撃のエスカレート」のうち、
  • 第1段落は概ね認めるが、被告は本件記事を真実だと信じているのであるから、本件記事を虚偽だと信じる被告とは、言うまでもなく、本件記事に対する評価は異なる。

  • 第2段落は認める。

ウ 「ウ 原告の対応」のうち、
  • 第1段落第1文は否認する。詳細は第2で述べる。

  • 第2段落は不知。

  • 第3段落は争う。本件記事記載の事実は、確かに「弥勒の道プロジェクト」として活動する中で知ったものであるが、さまざまな事実が明らかになるうち、被告は、本件記事が取り扱う問題は「弥勒の道プロジェクト」の趣旨を逸脱すると考え、別の活動として分離することとした。「弥勒の道プロジェクト」は古道の魅力を伝えるとともに、古道を復興させることを目的としている(甲1)が、本件記事の取り扱う問題は、あまりにも負の印象が強烈で、かつ、改善の見通しも立っておらず、古道の魅力を伝えるという目的には合致しないためである。

    しかし、原告の述べる「赤田川及び周辺の自然的歴史的環境を守りたい」という趣旨は、「村田養豚場から赤田川と周辺環境を守る有志の会」の目的としては、被告としても違和感がない。原告は、被告の両活動を混同しており、第3段落の記述はむしろ、原告が被告の活動にさしたる興味も共感もないことを示すものと言える

  • 第4段落は認める。

  • 第5段落第1文は不知。第2文は争う。詳細は第4で述べる。

エ 「エ 被告の対応」のうち、
  • 第1段落第1文は争う。被告が本件記事で求めているのは、関連行政機関が原告を適切に指導することであるが、被告が関連行政機関に求めている指導内容を、原告に対する要求と読み替えたとしても、その内容はいずれも、「奈良を代表するブランド豚」を生産する農場ならば、法令と飼養衛生管理基準に照らし、地域の理解と共存のため、当然のこととして受け入れてしかるべきことばかり(甲2)である。

    なお被告が、原告に直接何かを要求するのではなく、関連行政機関に、原告に対する適切な指導を求めているのは、原告自身が、犬の放し飼いなどについて、かねてより、行政から認められているから問題ないと主張していることに加え、何か問題が起きるたびに、住民自身が事業者と直接交渉することを強いられるのではなく、関連行政機関が住民に代わって、事業者に対し適切な指導を行うことの方が、住民にとって、より望ましい状態だと考えるためである。また、住民自身が事業者と交渉した結果、事業者が問題解決に動いたとしても、行政にその状態を保つ意志がなければ、すぐに問題のある状態に戻ってしまう可能性も考えられる。

  • 第1段落第2文中、「本件記事を削除しない」とする部分は認めるが、その余の部分は争う。被告は、本件記事が「悪意に満ちた虚偽内容」であるとは考えない。また被告が「その内容をエスカレートさせていった」事実はない。詳細は第2で述べる。

  • 第2段落は争う。詳細は第2で述べる。

(3)「本訴訟における中核的争点」について
  • なぜ「山林侵奪、他人地占拠」と「赤田川下流の水質汚濁」が「とりわけ重大」なのか判然としないが、本書面では、原告が原告第1準備書面で設定した争点に従い、反論を述べる。

2 「第2 山林侵奪、他人地占有(FACT.1)」について

(1)「1 争点とすべき本件記事内容」について
  • 本件記事にア乃至サに該当する記述があることは認める。

  • まとめの (ⅰ)は争う。詳細は第3で述べる。

  • まとめの (ⅱ)及び(ⅲ)は認める。

(2)「2 本件土地1の不法掘削について」について
  • 第1段落は「無断で掘削したものではない」とする部分は争うがその余の部分は認める。また、原告は原告第1準備書面では「借地契約」と表現しているが、以下、本書面では、原告の訴状における表現を踏襲し、「賃貸借契約」とする。

  • 第2段落と第3段落は認める。

  • 第4段落は、裁判によって原告が本件土地1を不法掘削していないと判断されたことは認めるが、「本件記事は、明らかに虚偽なる事実の摘示である」とする部分は争う。本件記事に、本件土地1の掘削のみを取り出して、「不法掘削」したと記述している箇所はない。

  • 第5段落は、争う。本件記事に、本件土地1の掘削のみを取り出して、「不法掘削」と記述している箇所はない。

  • 第6段落は、争う。詳細は第3で述べる。

(3)「3 本件土地1の不法占有」について
ア 「(1)占有権限」のうち、
  • 第1段落は認める。

  • 第2段落は認める。

  • 第3段落、第4段落は争う。詳細は第3で述べる。

  • 第5段落は認めるが、すでに契約が解除されていたのであるから、賃貸借契約解除の申し出がなされなかったのは当然である。

  • 第6段落、第7段落は争う。詳細は第3で述べる。

イ 「(3)原告と〈東鳴川C〉の実質的な関係」のうち
  • 第1段落は争う。詳細は第3で述べる。

  • 第2段落、第3段落は不知。

  • 第4段落、第5段落は認める。

  • 第6段落、第7段落は不知。

  • 第8段落は不知。ただし、〈東鳴川C〉が語ったとされる内容は事実と異なる。詳細は第3で述べる。

  • 第9段落は争う。詳細は第3で述べる。

  • 第10段落、第11段落は不知。

  • 第12段落は争う。詳細は第3で述べる。

  • 第13段落、第14段落は認める。

ウ 「(4)小括」は争う。詳細は第3で述べる。
(4)「4 本件土地2・本件土地3の不法掘削」について
ア 導入部は認める。
イ 「(1)〈東鳴川Cの亡父〉の指示」のうち、
  • 第1段落は認める。

  • 第2段落第1文は認める。第2文、第3文は不知。

  • 第3段落は争う。詳細は第3で述べる。

ウ 「(2)刑事告訴の帰趨」のうち、
  • 第1段落第1文は認める。 第1段落第2文は争う。詳細は第3で述べる。

  • 第2段落第1文は認める。第2文、第3文は不知。

  • 第3段落は争う。詳細は第3で述べる。

エ 「(3)その後の〈加茂町B〉らの法的主張がないことについて」のうち、
  • 第1段落は不知。

  • 第2段落は認める。

  • 第3段落、第4段落は争う。詳細は第3で述べる。

  • 第5段落は認める。

オ 「(4)木津川市作成の市有土地境界確定図について」のうち、
  • 第1段落のうち、「以上の諸事実が存するにもかかわらず」の部分は争うが、その余の部分は認める。詳細は第3で述べる。

  • 第2段落は認める。

  • 第3段落第1文は争う。詳細は第3で述べる。

  • 第3段落第2文は否認する。原告自身、訴状においては「被告は、木津川市より、『旧図』の本件記事への掲載について配慮するように指示を受けている」という主旨の記述をしていない(訴状7頁)。

    被告が、木津川市よりメールで周知を受けたのは、「弥勒の道プロジェクト」ウェブサイト上のPDFに含まれる市有土地境界確定図画像に関してであり、本件記事掲載の画像に関してではない(甲8)。

    またメールの内容は「指示」と呼べるようなものではなく、「配慮」についても具体的に何をどうするべきか不明で、またなぜそのような修正がなされたかについても具体的な説明がなかった。

  • 第4段落、第5段落は争う。詳細は第3で述べる。

カ 「(5)小括」」は争う。詳細は第3で述べる。
(5)「5 本件土地1の不法占有」は争う。詳細は第3で述べる。

3 「第3 赤田川下流の水質汚濁(FACT.2)」について

(1)「1 争点とすべき本件記事内容」について
  • 本件記事にア乃至キに該当する記述があることは認める。

  • 「==」で囲まれたまとめの第1文は認める。

  • 「==」で囲まれたまとめの第2文は争う。被告は、村田養豚場のすぐ下流でしいたけ栽培をしていた人が、ポンプが詰まるとぼやいていたという、本件土地3所有者から聞き取った話を紹介してはいるが、下流域で農作物全般に被害が及んでいるとは記述していない。また、撮影者が帰宅後熱が出たことの原因が、赤田川の水質汚濁にあるとも断定していない。

  • 「==」で囲まれたまとめの第3文は認める。ただし、被告は、原告が汚水を流しているとは断定していない。

  • 「==」以降の第1段落は争う。本件記事冒頭で、「迷惑行為や不法行為」と併記されているところ、「迷惑行為ひいては不法行為に該当するかのよう」と解釈するのは、牽強付会に過ぎる。

  • 「==」以降の第2段落は争う。本件記事では、村田養豚場のすぐ下流で特に著しい水質汚濁がみられるため、そのことを象徴する出来事をいくつか紹介しているが、それらの記述を下流域全般の出来事を記述していると拡大解釈し、「農作物、人体に実害が出ているという印象を与える」とするのは妥当でない。

(2)「2 原告が赤田川水質汚濁の原因者として記載されていることについて」について
ア 「(1)水質汚濁防止法について」のうち、
  • アは争う。詳細は第4で述べる。

  • イの第1段落、第2段落、第3段落は認める。

  • イの第4段落は不知。

イ 「(2)村田養豚場の排水検査結果」のうち、
  • 第1段落は認める。

  • 第2段落、第3段落は争う。詳細は第4で述べる。

ウ 「(3)村田養豚場に対する行政の対応」のうち、
  • 第1段落は認める。

  • 第2段落、第3段落は争う。平成29(2017)年11月13日付けの木津川市まち美化推進課の報告書「赤田川水質汚濁状況調査報告書の奈良県・奈良市担当部局への連絡」(乙16)に、奈良市の発言として「奈良市からも指導等を行う中で、養豚場は、現在、水質改善に向けた新たな対策を検討されている」とあり、奈良県の発言として「畜産農家へは、河川の負担をできるだけ少なくするよう指導を行っていく」とある。

  • 第4段落は不知。

(3)「3 村田養豚場の不法行為責任」について
ア 「(1)私権の侵害について」のうち、
  • アの第1文は争う。詳細は第4で述べる。

  • アの第2文は認める。

  • イは認める。

  • ウは争う。詳細は第4で述べる。

イ 「(2)因果関係について」のうち、
  • 第1段落は争う。詳細は第4で述べる。

  • アの第1文は認める。

  • アの第2文は争う。詳細は第4で述べる。

  • イは争う。詳細は第4で述べる。

ウ 「(3)小括」は争う。詳細は第4で述べる。
(4)「4 まとめ」については争う。詳細は第4で述べる。
(5)「5 原告の排水に対する取組み」について
  • (1)(2)(3)は不知。これらに対する被告の評価は第4で述べる。

  • (4)は争う。詳細は第4で述べる。

第2 本訴訟に至る経緯について

原告第1準備書面「第1 はじめに、2 本件訴訟に至る経緯」には、事実と異なる主張が含まれている。原告は、「第1 はじめに」の内容については、「中核的争点」としていないが、以下の二点については、原告の認否を明らかにすべきである。

1 原告が被告に対し本件記事の削除を求めたのは、平成31(2019)年3月1日付け本件御通知書(乙1)が最初である

 原告が「(被告に対する刑事告訴)当時の弁護士と警察を通じて、被告に対して、本件記事の削除を求めた」事実はない。

確かに、平成28(2016)年8月4日午後4時40分ごろ、奈良警察署の担当刑事から被告に電話があり、原告の代理人弁護士がホームページの記述を消すよう求めているとの連絡はあった。しかしどのウェブページのどの記述を削除するべきかについて具体的な指示は何もなく、担当刑事も「そうしないからといって警察が動けるわけではない。お願いと言うしかない」と述べた。これに対し被告は、担当刑事に、「弁護士と相談したのち、対応を返答する」と答えた。

その後被告は、当時の選任弁護士から「具体的なページや記述を書面で指定してもらえれば検討する」と答えるよう助言されたので、平成28(2016)年8月8日の取調時に、そのことを担当刑事に伝えた。その際被告は、担当刑事から「ホームページを消す云々は、従う根拠もない上に具体性のない話だから、いずれ弁護士さん同士でどこを消すか協議することになるかもしれないので、その後で対応すれば良い。今は放っておいて良い」と助言を受けた。しかしその後原告の代理人弁護士からは何の連絡もなかった。

一方で当時の被告は、本件記事が取り扱う問題は「弥勒の道プロジェクト」の趣旨を逸脱すると考えていたことから、選任弁護士の勧めもあり、原告が告訴事実1(甲9ー2頁)に挙げた記述と、本件記事と内容が重複するページについては、平成28(2016)年8月中頃までに、「弥勒の道プロジェクト」のウェブサイトから削除するか、内容を変更するかしている。

なお、平成28(2016)年8月末か9月ごろにも、担当刑事より、原告の代理人弁護士がホームページを削除するよう求めている旨、伝えられたが、やはり具体性がなかったため、被告は前回同様、具体的に書面で要請するよう回答した。しかしながら原告の代理人弁護士からは、結局何の連絡もなかった。

したがって、原告が、被告に対し、本件記事を特定できる形で、本件記事の削除を求めたのは、平成31(2019)年3月1日に、原告が被告宛に内容証明郵便で送付した本件御通知書(乙1)が最初である。それまで被告は、原告から、本件記事のURLはおろかタイトルすら指定されたことがない。

2 原告が本訴訟に及んだのは、本件記事の内容がエスカレートしたからではない。

被告は、平成28(2016)年6月の本件記事公開以降、令和元(2019)年9月11日までの間、本件記事を一切変更していないので、原告が本訴訟に及んだ理由は、本件記事の内容がエスカレートしたためとは考えられない。

ところで原告は、被告の求釈明に応じ、本件土地1の賃貸借契約が継続していた証拠として、令和元(2019)年8月8日付けの賃料領収書を提出しているが、本訴訟が提起されたのは、その少し前であり、当該領収書記載の賃料は、本件土地1に係る売買協議の中で支払われたものである(原告第1準備書面9頁、第2、3、(3))から、原告が本訴訟に及んだことには、本件土地1取得の目処が立ったことが関係しているとも考えられる。

しかし、もし原告が、原告第1準備書面、第1、2、(2)、エで主張する通り、被告が平成28(2016)年6月以降、本件記事をエスカレートさせていったために、原告としては、やむなく本訴訟に及んだのだとすると、原告が原告第1準備書面、第2、1及び第3、1で列挙する「重大なる虚偽事実の摘示」の中に、本訴訟直前に本件記事に追記された記述が、少なくともいくつかは、含まれなければならない。そしてそれらこそが、原告がやむなく本訴訟に及ぶほどの最も重大なる虚偽事実であると考えられる。なんとなれば、被告が本件記事の「内容をエスカレートさせていった」ことが真実であるなら、本訴訟直前に至るまで、次々と「重大なる虚偽事実の摘示」が、本件記事に追加されていたはずだからである。

もし原告が、本件記事の内容がエスカレートしたために本訴訟に及んだという主張を撤回しない場合は、「重大なる虚偽事実の摘示」のうち、どの記述が、平成28(2016)年6月以降の、いつごろ追記されたものであるのか明らかにされたい。なお、平成28(2016)年6月に公開した直後の本件記事は、第三者が検証可能な形で復元可能である。

第3 山林侵奪、他人地占拠(FACT.1)について

1 本件土地1の不法掘削について

そもそも本件記事に、本件土地1の掘削のみを取り出して、「無断で掘削、侵奪」したと記述している箇所はない(甲2)。

また原告による山林掘削工事は、本件土地1とそれ以外を区別して行われたものではなく、かつ、後述するように、原告による山林掘削工事全体の中に「無断で掘削、侵奪」した他人地が含まれることは明らかである。したがって、原告による掘削工事全体を指して、他人の山林を無断で不法に掘削、侵奪した工事であったと指摘することは、虚偽事実の摘示ではない。

加えて、原告が指摘する民事裁判で確定したのは、本件土地1の掘削が「賃貸借契約」(原告は、訴状においては「本件賃貸借契約 」としているので、以下、本書面では、原告の訴訟における表現である「本件賃貸借契約」とする)に含まれることであり、〈村田商店代表乙の父〉が無断で掘削したかどうかについて、裁判所は明確な判断を下していない。

裁判で確定した通り、本件賃貸借契約内に掘削が含まれていたとしても、例えば、図面を示して山林掘削予定の範囲を説明し、山土の処分方法についても打ち合わせするなどして、〈村田商店代表乙の父〉が〈東鳴川C〉から事前に十分な確認を得ていれば、そもそも訴訟が提起されるような事態にはならなかったはずである。一般に、借りている土地の形状を大きく変える工事を行う場合、借主が図面を示すなどして貸主と入念に打ち合わせをすることが、強く期待されると考えられる。したがって、原告の指摘する民事裁判の結果をふまえても、貸主の確認を十分に受けなかったという意味で、「〈村田商店代表乙の父〉が、〈東鳴川C〉に無断で山林を掘削した」と指摘することは、依然として虚偽とは言えない。

以上のことから、原告第1準備書面、第2、1、「ア」「エ」「オ」を虚偽事実の摘示とする原告の主張は、全く当を得ないものである。

なお「カ」の記述は、〈村田商店代表乙の父〉による山林掘削が、〈東鳴川C〉にとって不本意な工事であったことを示すため、原告も認めているように、事実のみを摘示したものである。

被告は、平成27(2015)年10月22日、本件土地2所有者の一人、〈加茂町B〉の紹介で、〈加茂町B〉とともに、本件土地2所有者の〈東鳴川C〉宅を訪れ、詳細な聞き取りを行った。本件記事の当該箇所は、この時の聞き取りを元に書かれている。そのため表現が、御庁平成21年(ワ)第1125号損害賠償請求事件における、「裁判所の判断」(甲5)と異なるところはあるが、本件記事では、〈村田商店代表乙の父〉が本件土地1を土地所有者から賃借していたこと、及び、〈村田商店代表乙の父〉が「どのように使ってもいいという約束で先代から借りた」と主張していたことにも触れている。

2 本件土地1の不法占有について

(1)〈東鳴川C〉は、被告に対し、本件賃貸借契約が継続しているという認識を示さなかった。
ア 〈東鳴川C〉に対する聞き取り

 前述の通り、被告は、平成27(2015)年10月22日に、〈加茂町B〉とともに、〈東鳴川C〉の自宅を訪れているが、その際被告が〈東鳴川C〉から聞いた話はおよそ以下の通りである。

  • 〈村田商店代表乙の父〉の先代〈村田商店代表乙の祖父〉が存命のうちはなごやかな関係だった。

  • 東鳴川町では、特に二人、先代〈村田商店代表乙の祖父〉と仲よくしていた人がいた。

  • ところが仲よくしていた三人が全員亡くなってから、〈村田商店代表乙の父〉が暴れ出した。

  • 最後に亡くなったのは、〈東鳴川Cの亡父〉。

  • 〈村田商店代表乙の父〉に本件土地1を掘削されたことで裁判を起こしたが、逆に工事代を請求され、最初の弁護士が頼りなかったため一審で負けた。それで弁護士を替えて控訴し、最終的にチャラにはなったものの、不本意な結果に終わった。

  • そのあと村田養豚場に本件土地1で勝手をさせないため、大きな建設会社の抵当権がつけば手を出せないだろうということで、パートタイムの勤め先でもある〈建設会社N〉に、本件土地1に抵当権をつけてもらった。

  • 今は村田さんに本件土地1を貸していない。平成21(2009)年には、本件土地1の賃貸借契約はどのような解釈によっても解消している。(この発言は非常に自信に満ちた態度で語られた。)

  • 駐車するぐらいは黙認しているが、本件土地1に置いてあるものは撤去してほしいと思っている。

以上の通り、本件記事は、本件土地1所有者である〈東鳴川C〉が、原告に本件土地1を賃貸していないことを、被告が〈東鳴川C〉に直接確認した上で書かれたものである。したがって、被告には、摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由があった。

また、平成31(2019)年3月に、被告が〈東鳴川C〉から電話で聞き取った際にも、〈東鳴川C〉は、上記と同様に賃貸借契約はない旨、改めて明言している。

イ 〈東鳴川C〉が、平成21(2009)年に本件賃貸借契約が解消しているとする根拠

御庁本訴・平成21年(ワ)第1125号 損害賠償請求事件、反訴・平成22年(ワ)第390号損害賠償請求事件(以下、「本件土地1裁判原審」という。)の判決「3 反訴請求について、(1) 請求の原因、ウ」に、「被告(〈村田商店代表乙の父〉)は,平成22年4月14日付け内容証明郵便で,原告(〈東鳴川C〉)の債務不履行により,本件契約を解除することを通知し,同郵便は原告(〈東鳴川C〉)に翌15日に配達された。」とある(甲5ー6頁)。

原告は、本件土地1裁判の結果によって、本件賃貸借契約を解除するとの上記通知は効力を失ったとするが、アの通り、〈東鳴川C〉が被告に対してそのような認識を示したことはない。

さて、〈東鳴川C〉が、本件土地1裁判の結果に拘わらず、本件賃貸借契約の解除が有効のままであると認識していたとすると、少なくともこの〈東鳴川C〉の立場からは、以下の通り、平成21(2009)年に本件賃貸借契約が解消していたと考えることが可能である。

  1. 本件土地1裁判原審・控訴審の判決によれば、確かに原告は、平成17(2005)年2月28日から平成22(2010)年2月16日までの間、毎年3月から1年分の賃料の供託を続けている(甲5甲6)。しかし、〈東鳴川C〉は、被告の聞き取りに対し、原告から賃料は受け取っていないと語っていた上、原告は〈東鳴川C〉が供託金を受領したとは主張しておらず、また原告からは〈東鳴川C〉が供託金を受領した証拠も提出されていない。

    そのため原告が供託した賃料が最終的にどのように処理されたか不明であるが、〈東鳴川C〉が本件賃貸借契約が解除されたままであると認識しており、かつ、言葉通り賃料を受け取っていなかったとすると、〈東鳴川C〉が、原告が積み立てた供託金については、その後原告自身が取り戻したはずだと考えることは、大いにあり得る。

    なお、原告自身が供託金を取り戻していた場合、民法496条1項ただし書の規定により、原告は供託をしなかったものとみなされるので、平成17(2005)年2月以降、原告は、〈東鳴川C〉に、賃料を支払っていなかったことになる。

  2. 被告第1準備書面「第2、4 本件土地1・2・3に係る木津川市市有土地境界確定図が確定されるまでの経緯」で示した通り、木津川市は、平成19(2007)年の3町合併当初から、木津川市道敷に原告が違法に建築した小屋の撤去に取り組んできたが、その取り組みの中で、平成20(2008)年8月ごろに、木津川市管理課が作成した「(村田)養豚場一件、経過概略」(乙81ー2頁)によれば、当時、〈東鳴川C〉と〈村田商店代表乙の父〉の間で、本件賃貸借契約をめぐって主張の違いがあり、このころ〈村田商店代表乙の父〉は、何らかの根拠に基づき、平成21(2009)年2月まで本件賃貸借契約が継続すると主張していた。

すなわち、本件賃貸借契約の解除が有効であり、供託金は原告が取り戻したという認識を前提とすれば、本件賃貸借契約に基づく、原告による賃料の支払いは、平成16(2004)年2月が最後であったとみなされる(ア)ところ、一方で〈村田商店代表乙の父〉が、平成20(2008)年8月ごろに、平成21(2009)年2月まで本件賃貸借契約が継続すると主張していた(イ)ことを考慮すると、本件賃貸借契約は、遅くとも平成21(2009)年には解消した、と言うことができる。

したがって、平成27(2015)年10月22日に 、〈東鳴川C〉が被告に対し、時期を明確に「平成21(2009)年」とした上で、本件賃貸借契約は解消したと明言したことには、上記のような根拠が意識されていたと考えられ、信憑性がある。

(2)本件賃貸借契約が継続していた実態はない。
ア 原告は、本件土地1において、畜産業(牛の放牧)を営んでいない

本件賃貸借契約は、本件土地1において畜産業(牛の放牧)を行うことを目的として締結されたものである(甲5ー5頁、甲6ー7頁)ところ、原告は、本件土地1裁判終結の後、本件土地1において、計画されていた畜産業(牛の放牧)を、全く実行していない。

イ 「尋常でない打ち明け話」は事実と異なる。

原告は、〈東鳴川C〉から「実は、本件土地1については、共産党議員や〈加茂町B〉氏(後述の本件土地2の所有者の一人)から、村田には本件土地を貸したり売ったりしないよう責められ、「売らない、貸さない」約束の一筆を取られている」(原告第1準備書面9頁)という「尋常でない打ち明け話」を聞いたとするが、この「尋常でない打ち明け話」の内容は、事実と異なる。

〈東鳴川C〉が、平成18(2006)年11月3日に、土地不譲渡確約書を交わしたのは事実であるが、その相手は、本件土地1に隣接する東鳴川町501の共同所有者らである(乙80の1)。なお後述するように、本件土地1に隣接する東鳴川町501の共同所有者らもまた、原告による山林掘削の被害者である。

同様の土地不譲渡確約書は、同じ頃、本件土地2共同所有者の間でも交わされた(乙80の2)。その後、奈良市東鳴川町と木津川市加茂町西小両地域の関係者の間で、それぞれの土地不譲渡確約書が交換されている。

つまりこの土地不譲渡確約書は、〈東鳴川C〉と、原告による山林掘削の被害を受けた隣接地所有者らが、所有地を誰にも譲渡しないと互いに確約することで、自らの所有地及びその隣接地が原告の手に渡ることを阻止し、そのことにより、将来にわたって、原告から再び土地境界の侵害を受けないことの保証としようとしたものである。

原告は「尋常でない打ち明け話」とするが、これは全く驚くような話ではない。すでに死亡した人物による指示だと一方的に主張して、隣接所有者の抗議も聞かず、検察官に止められるまで山林を掘削し続けるような、まさに尋常でない状況が再発することのないよう、〈東鳴川C〉と山林掘削被害者らが、自衛のために約束を交わしただけのことである。

したがって、〈東鳴川C〉が、本当に原告のいう「尋常でない打ち明け話」をしたかについては疑念があるが、仮にこれが、実際に原告に語られたものだとしても、それほど不思議はない。

〈東鳴川C〉が居住する奈良市東鳴川町は極めて小さな山村である。その中にあって、自分の土地を賃借していた借主が、隣人の山林を掘削してしまったとあれば、〈東鳴川C〉が、村落の中で非常に肩身の狭い思いをさせられていたことは、想像に難くない。

さて、もし〈東鳴川C〉が、同じ村落の中にいる隣人と、土地不譲渡確約書を交わしたのだと、原告に正直に明かした場合、今度は原告が、その隣人のところへ話をしに行く可能性がある。そうすると、ますます隣人に迷惑をかけることとなりかねないので、〈東鳴川C〉が、さほど交流のない京都側の関係者の名前を出して、本件土地1の賃貸や売却を断ることには、一定の動機が見出せる。

また、自らの意思として、本件土地1の賃貸や売却を断ることは、〈東鳴川C〉にとって、困難を伴うことであったと考えられる。被告は、平成27(2015)年秋頃、本件土地2所有者の一人である〈加茂町B〉のほか、奈良市東鳴川町の観音講に集う地元住民(氏名不詳)からも、〈東鳴川C〉が、一連の本件土地1裁判で心身ともに疲弊し、経済的にも追い詰められて、一時はノイローゼのようになっていたと聞いた。〈東鳴川C〉にとって、原告と再び鋭く対立し、その結果、何らかの裁判に巻き込まれることは悪夢以外の何物でもなかったと思われる。

そこで、〈東鳴川C〉としては、本件土地1の賃貸や売却を断るにしても、原告を刺激しすぎないよう工夫する必要があったと考えられる。原告は、当初、〈東鳴川C〉から、本件土地1に抵当権がついたので、しばらく待ってほしいと言われたことを指摘するが、前述の通り、〈東鳴川C〉は被告の聞き取りに対しては、原告に勝手をさせないため、〈建設会社N〉に抵当権をつけてもらったと述べている。すなわち、原告の指摘は、本件土地1への抵当権設定が、〈東鳴川C〉の期待通りに、効果を上げていたことを示すものと解する余地もある。

以上の通り、原告のいう「尋常でない打ち明け話」は事実と異なっており、〈東鳴川C〉の原告に対する態度が、原告が指摘するほど好意的であったかどうかについても、大いに疑問がある。少なくとも、「原告と〈東鳴川C〉の実質的関係」に、本件賃貸借契約が継続していたことを示唆するような実態があったとは考えがたい。

ウ 原告は令和元(2019)年5月ごろ、〈東鳴川C〉に好条件を示した

前述の通り、本件土地1隣接地所有者は、平成18(2006)年11月に土地不譲渡確約書を交わしていたので、令和元(2019)年8月27日に、〈東鳴川C〉が、本件土地1を原告に売却したことは、土地不譲渡確約書に反することであるから、売却の情報を受け、本件土地2所有者の一人である〈加茂町B〉が、〈東鳴川C〉に事情を聞きに行ったことは当然のことと言える。

令和元(2019)年11月ごろ、被告が、〈東鳴川C〉に面会した〈加茂町B〉から聞き取ったところによると、〈東鳴川C〉は、本件土地1の売買に関して、原告から、それまでとは異なる好条件を提示されたと話していたという。さらに、当初は10年の分割払いという話だったが、それでは10年先まで本当に支払われるかわからないため、一括払いを要求したところ、すでに全額振り込まれているとのことであった。〈東鳴川C〉は、具体的な金額については、〈加茂町B〉に語らなかった。しかし、本件土地1裁判などに費やした額程度は最低限取り返せたとして、それなりに満足している様子ではあったという。

また、本件土地1売却にあたり、土地不譲渡確約書を交わした、本件土地1に隣接する東鳴川町501共同所有者らから、本件土地1と東鳴川町501の土地境界を法的に確定しない限り、売却は認めないと強く言われたが、原告が土地境界確定の費用を全額負担することになったので、令和元(2019)年夏ごろまでに関係者が立ち会って土地境界が確定され、売却が可能になったとのことである。その一方、本件土地2の共同所有者らには、事前に売却の話は伝えられなかった。

確かに被告は、原告代理人より本件御通知書(乙1)が到達したことを受け、平成31(2019)年3月2日に、〈東鳴川C〉に電話をして本件土地1に係る賃貸借契約の有無等について改めて確認している。このときも〈東鳴川C〉は、今は原告に本件土地1の使用権がないことや、賃貸借契約はないこと、小屋やゴミは片付けてもらわないと困ることなど、それまで同様の回答をしているが、この被告による問い合わせがあったことによって、〈東鳴川C〉が、何らかの紛争に巻き込まれる危険を感じた可能性はある。

しかしながら、令和元(2019)年5月ごろから、〈東鳴川C〉が本件土地1の売却に前向きとなったとすれば、それはむしろ、〈東鳴川C〉の事情というよりも、原告の事情を反映したものであろう。このころ原告には、それまでと異なる好条件を〈東鳴川C〉に示してでも、本件土地1を取得しなければならない、何らかの事情ができたものと考えられる。

エ 原告が賃料の供託を再開した証拠は提出されていない。

本件土地1裁判確定後、〈東鳴川C〉が、本件賃貸借契約が継続していないという認識(前述被告による〈東鳴川C〉に対する聞き取り)の下、原告から賃料を受け取ることを拒否していたにも拘わらず、原告はこれに対抗して賃料の供託を再開したとは主張していない。また賃料の供託を再開した証拠も提出されていない。

オ 令和元(2019)年8月8日付けの領収書(甲12の1乃至3)は、本件賃貸借契約の継続を示すものではない。

求釈明により提出された令和元(2019)年8月8日付けの領収書には、賃料の対象となる賃借期間について、それぞれ、「2017年1月〜12月」(甲12の1)、「2018年1月〜12月」(甲12の2)、「2019年1月〜6月」(甲12の3)、としている。

しかし、本件賃貸借契約は、3月1日から翌年の2月末日までの先払いとされている(甲4)。〈東鳴川C〉は、令和元(2019)年8月末に、原告に本件土地1を売却する予定となっていたのであるから、令和元(2019)年分を、本件賃貸借契約の通り 、半年分として「2019年3月〜8月」とした方が、賃貸借期間と売却時期とが連続し、都合がよい。

ところが、前述の通り、実際の領収書ではそうなっておらず、本件賃貸借契約に規定された賃貸借期間を無視して、年末ごとに支払いを区切っている。すなわち、賃貸借期間が別のものに変わっている以上、令和元(2019)年8月に、過去に遡った賃料の支払いが一部なされたとしても、そのこと自体が直ちに本件賃貸借契約の連続性を示すとは言えない。

したがって、 令和元(2019)年8月8日付けの領収書(甲12の1乃至3)を、本件賃貸借契約が継続していたことの証拠とみなすことはできず、これらはむしろ本件賃貸借契約が断絶していたことの証拠であるとさえ言える。

(3)小括

以上の通り、原告は本件賃貸借契約が途切れなく継続していたとするが、〈東鳴川C〉は被告に対し、本件賃貸借契約は解消したと明言していた。

また、原告のいう「尋常でない打ち明け話」の内容は事実と異なっており、原告の主張する、原告と当時の本件土地1所有者〈東鳴川C〉の実質的関係の実態には疑念がある。

加えて、本件土地1裁判ののち、原告は賃料の供託を再開しておらず、一時期供託していた賃料についても、〈東鳴川C〉が受領した証拠は提出されていない。さらに、令和元(2019)年8月8日に、事後的に支払われた賃料については、賃料の対象期間が、本件賃貸借契約と整合しない。また、本件記事が公開された平成28(2016)年6月を含む期間について、原告が〈東鳴川C〉に賃料を支払った証拠は提出されていない。

さらに、本件土地1において、本件賃貸借契約の目的である畜産業(牛の放牧)が行われることはなかった。

したがって、本件賃貸借契約が継続していた実態はなく、原告第1準備書面、第2、1、「ウ」「キ」は虚偽ではない。少なくとも、被告には、摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由があった。

3 本件土地2、本件土地3の不法掘削について

(1)不法行為と不法行為責任の有無

ア 原告は、〈加茂町B〉らの刑事告訴が不起訴処分に終わったこと、及び、〈加茂町B〉らがその後民事訴訟を提起しなかったことを指摘して、〈村田商店代表乙の父〉による不法掘削はなかったと主張するが、原告の指摘するこれらの事実は、〈村田商店代表乙の父〉の不法行為責任が、結果的に問われなかったことのみを示すものであって、そのことは必ずしも、〈村田商店代表乙の父〉による不法掘削がなかったことを担保しない。

イ また、後述するように、〈村田商店代表乙の父〉による不法掘削があったことは明らかであるので、〈村田商店代表乙の父〉の不法行為責任の軽重に、当然議論の余地はあるとしても、本件土地1裁判において裁判所に事実として認められているように、〈村田商店代表乙の父〉が、〈加茂町B〉らから複数回にわたって抗議を受けていた(甲5甲6)ことを鑑みれば、〈村田商店代表乙の父〉に不法行為責任が全くなかったとは、到底考えられない。

ウ 加えて、〈加茂町B〉らは、刑事告訴の告訴状において、平成16(2004)年4月28日に、〈加茂町B〉らが現地で〈村田商店代表乙の父〉に抗議した際、〈村田商店代表乙の父〉が口頭では工事の中止を了解したことや、平成17(2005)年2月25日に、〈村田商店代表乙の父〉の代理人が、やはり掘削の中止と堆積物の撤去で合意していたことを指摘している(乙82)。告訴状記載の事実があったとすれば、〈村田商店代表乙の父〉に、故意あるいは過失が全くなかったとは到底考えられない。

エ なお、本件記事に、〈村田商店代表乙の父〉の「不法行為責任」について触れた箇所はない。

(2)〈加茂町B〉らによる民事訴訟がなかったことについて

以下は〈加茂町B〉からの聞き取りを被告がまとめたものである。内容については、本書面提出前に〈加茂町B〉の確認を受けた。

ア 当時、すでに〈加茂町B〉らは全員高齢であり、原告に対し訴訟を提起することは、体力的にも資金的にも、大きな負担であった。実際、〈加茂町B〉の亡夫、〈加茂町Bの亡夫〉は、山林掘削対応による心労もあって、刑事告訴をした頃、脳梗塞で倒れ、それから10年と経たないうちに死亡している。

また刑事告訴に続いて民事訴訟を提起したとしても、山が元に戻されるとは限らず、負担に耐えるだけの成果があるかどうかは、〈加茂町B〉らにとって予測不能であった。

イ しかし一方で、〈加茂町B〉らは、刑事告訴に先立ち、原告が、本件土地1及びその隣接地を取得することのないよう、〈加茂町B〉らの他、本件土地1隣接所有者の間で、土地を第三者に譲渡しないことを確約する確約書を取り交わしている(乙80)。〈加茂町B〉によれば、確約書には明記されていないが、土地を賃貸しないことも、当事者間で合意されていたとのことである。

ウ さらに、刑事告訴を受けた京都府警の捜査に協力する形で、平成19(2007)年11月20日、木津川市が市有土地境界確定図を確定し、その際、〈加茂町B〉らと〈東鳴川C〉の同意を得て、木津川市は、府県境の明示を兼ね、本件土地1と本件土地2の境界線についても確定した。

そしてその後、〈加茂町B〉らによる刑事告訴は不起訴処分に終わったものの、検察官の指導によって、原告による掘削工事は止まった。

エ これらによって、〈加茂町B〉らは、原告が、本件土地1及びその隣接地を、再び掘削することはできなくなったと考え、その点では安心できたので、高齢の身には負担の大きな、民事訴訟という解決を選ばなかったのである。

すなわち、原告が本件土地1を取得あるいは再び賃借することは、土地不譲渡確約書により防がれると考えられ、たとえ原告が、本件土地1を越えて、本件土地2の掘削を再開したとしても、今度は、木津川市の市有土地境界確定図という信頼性の高い根拠に基づき、刑事告訴など法的措置が可能となるであろう。この二重の防御をもって、〈加茂町B〉らは原告による掘削の拡大を、将来にわたって阻止できると確信し、ひとまず安心したのである。

オ また、〈加茂町B〉は被告の聞き取りに対し、これまでに複数回、口頭で、原告代表〈村田商店代表乙〉に、越境しているものを撤去し山を元に戻すよう要求してきたと述べている。すなわち〈加茂町B〉らは、被害の拡大を防いだ上で、原告の代替わりによって、原告の態度が変わることに期待し、機会を捉えては、口頭で原告を説得する方法を選んだということである。

カ そのため、令和元(2019)年8月末に原告が本件土地1を取得したことは、〈加茂町B〉らにとって想定外であり、この事態は二重の防御の一角が崩れたことを意味した。

そしてそれを実証するかのように、原告は、令和元(2019)年10月7日付けで、豚コレラ対策として、イノシシ侵入防止のための防護柵を、本件土地2に越境する形で、本件土地1の周囲に設置する旨、〈加茂町B〉ら本件土地2共同所有者全員に通知している(乙84の1)。

この防護柵設置通知書(以下、「本件防護柵設置通知書」という。)の中で原告は、防護柵位置が本件土地2に越境する形となっていることについて、本件土地1と本件土地2の土地境界が未確定であるという、本訴訟と同様の主張をした上で、公図などを参考に防護柵の位置を決めたと説明している。しかし一方で原告は、防護柵の位置が土地境界であるとも府県境であるとも考えていないとしている。

これを受け、本件土地2共同所有者らは、令和元(2019)年10月20日、原告に対し、本件土地2に越境して防護柵を設置しないよう求める内容証明郵便(以下、「本件防護柵返答」という。)を送付した(乙84の2)。

なお本件防護柵返答によれば、本件土地2共同所有者らが求めていたのは、本件土地2に越境して置かれているものの撤去と、本件土地2に越境して防護柵を設置しないことであり、本件土地2共同所有者らは、防護柵の設置そのものには、反対していなかった。原告が防護柵を設置する場合は、本件土地1前所有者である〈東鳴川C〉と本件土地2共同所有者が合意した土地境界、すなわち平成19(2007)年11月20日確定の市有土地境界確定図(原告のいう「旧図」。以下、「本件原確定」という。)にある土地境界を越えないよう、求めただけである。

ところが原告は、令和元(2019)年11月28日に、京都府畜産課と木津川市農政課にファックスを送り、本件土地2共同所有者らが、原告による防護柵設置そのものを了承していないかのように訴え、「対応」を依頼している(乙84の3)。

このファックスには、本件土地2共同所有者らが原告に送った内容証明郵便が添付されているが、一枚目のみの添付となっており、本件土地2共同所有者らが、原告による防護柵設置そのものには反対していないことがわかる二枚目が省略されている。原告による、こうした行政への働きかけには、本件土地2に対する、原告の強い執着が表れていると考えられる。

そして令和2(2020)年1月10日ごろ、本件土地2共同所有者らが認めていないにも拘わらず、原告は、村田養豚場を囲う防護柵を、本件土地2に越境する位置に設置した(乙84の4)。当然のことながら、本件土地2共同所有者らは、これに対し、越境して設置された防護柵の撤去を改めて要求している(乙84の5)。

キ 以上のとおり、本件土地2共同所有者らは、本件原確定にある府県境が、〈東鳴川C〉と合意した土地境界であると認識しており、これまで法的手段に訴えなかったのは、土地不譲渡確約書と本件原確定によって、本件土地2を原告から守りつつ、代替わりに期待して、越境物を撤去し土地境界を守るよう、いずれは原告を説得できるであろうと考えていたためである。

しかし、原告が本件土地1を取得した後の、令和元(2019)年10月20日には、本件土地2共同所有者らは 、内容証明郵便で、原告に対し、越境して柵をしないことに加え、越境して置かれているものを撤去するよう求めており(乙84の2)、防護柵が設置されたのちにも、本件土地2共同所有者らは 、原告に対し同様の要求を行なっている(乙84の5)。

ク ところで、この防護柵設置に合わせ、村田養豚場の敷地の間にある木津川市道に、木津川市道を封鎖する形で、門扉が三箇所も設置されたが、木津川市と京都府警は、原告に対し、これら門扉設置に係る道路使用許可および道路占用許可を出している。

この道路占用(使用)許可は、その法的根拠が希薄である上、村田養豚場が、敷地に挟まれた市道と敷地の間に柵をせず、両者を何によっても区分していない現状を放置しながら、木津川市及び京都府警が、市道に三箇所もの門扉設置を認めることは、市民の通行権との兼ね合いにおいて、著しくバランスを欠いていると言わなければならない。被告としては、木津川市と京都府警の判断には重大な問題があると考えるが、本書面ではこれ以上立ち入らない。

(3)不法掘削はあった。

ア 確かに、原告の指摘するとおり、本件土地1と本件土地2の土地境界(以下、「本件境界」という。)は、明確ではなかったと思われる。しかし、本件境界が確定されていないとしても、本件境界が取りうる線は、隣接する府県境確定点や地形、公図、あるいは「古図」から、ある程度絞りこむことができる。そこで、〈村田商店代表乙の父〉による掘削域が、本件土地1内に収まるものではなかったことを、以下の資料から検討する。なお、以下の資料は全て、本件記事が公開された平成28(2016)年6月より前に、被告が入手していたものである。

(ア) 地内平面図 里道(京都府相楽郡木津町・京都府相楽郡加茂町・奈良県奈良市中ノ川町・奈良県奈良市東鳴川町)(以下、「本件地内平面図」という。)(乙85

昭和58(1983)年に、木津町、加茂町、奈良市共同で作成された地内平面図である。乙85は、被告が「弥勒の道プロジェクト」の活動として、古い道を調べるために、平成26(2014)年12月ごろ、奈良市土木管理課において入手した写しである。白黒コピーのため分かりにくいが、白丸を実線で結んだものが朱線明示線となっており、確定した里道境界と府県境界が、原本では朱線で明示されている。

(イ) 木津川市の平成19(2007)年11月13日付け回議書「市有土地の境界確定について(木津川市加茂町西小長尾2、長尾谷1ー乙)(以下、「本件原確定回議書」という。)(乙83

木津川市が本件原確定にあたって参照した、奈良市側を含む公図や地籍図が添付されている。その中には、本件地内平面図とほぼ同じ図面が含まれる(乙83ー30枚目)が、これは国有水路境界確定図として作成されたもので、本件地内平面図と同時に作成されたものとみられる。この図面にも、確定した府県境が書き込まれており、木津川市は本件原確定にあたって、この赤田川南岸の確定済み府県境を参考にしたと思われる。

また、被告は、平成27(2015)年9月9日、本件土地3所有者である〈加茂町A〉に聞き取りを行い、〈加茂町A〉家保管の長尾谷の公図複製図(乙87)を閲覧しているが、〈加茂町A〉家の公図複製図は本件原確定回議書に添付された「木津川市加茂町長尾谷」の公図(乙83ー8枚目)とほぼ同じものである。

ただし、〈加茂町A〉家の公図複製図では、戦前に付け替えた道が鉛筆書きで書き込まれていた一方、木津川市の公図にある道は古い道筋のままであった。そこで後述する公図と航空写真の合成にあたっては、〈加茂町A〉家保管の公図複製図にある、曲がりくねった新しい道の存在を考慮した。

(ウ) 本件防護柵設置通知書(乙84の1

原告が特に重要だと考えているとみられる公図が添付されている。

(エ) 「古図」(甲13

原告が特に重要だと考えている地図と思われる。なお、この「古図」には原図が存在する。明治22(1889)年10月12日作成の、「添上郡鳴川村実測全図」がそれである。被告は、平成27(2015)年1月20日、古い道を調べるため、奈良市東部出張所を訪れ、添上郡鳴川村実測全図を含め、旧東里村各村の実測全図の複製図をいくつか閲覧の上、許可を得て撮影している(乙86ー1)。

なお、添上郡鳴川村実測全図の「古図」に該当する範囲を拡大すると、原告のいう「古図」が、添上郡鳴川村実測全図を白黒で写し取ったものであることがわかる(乙86ー2)。

ところで、少なくとも東鳴川町では、全戸に添上郡鳴川村実測全図の白黒の写しが配布されているものと思われる。被告が、平成27(2015)年秋頃、東鳴川町の民家を訪れ、地域の歴史などについて話を聞いた際、添上郡鳴川村実測全図の写真を見せたところ、家主にそれと同じものが家にあると言われ、白黒の写しを見せられているからである。

原告のいう「古図」は、その白黒の写しの一部をコピーして、土地の所有者を書き込んだものと考えられる。原告のいう「古図」には、〈東鳴川C〉の亡父〈東鳴川Cの亡父〉の名前が見えることから、「古図」とは言いながら、土地の所有者が書き込まれた時期は、そう古いことではない。

また、村田養豚場の敷地に当たる土地にも、元の所有者名が書かれているところを見ると、村田養豚場が現在地に移転してきた際、周辺の土地の所有者がわかるよう、地域住民から渡されたものとも考えられる。

そうすると、〈村田商店代表乙の父〉は、山林掘削時にはすでにこの「古図」を所持していたということになる。つまり、山林掘削時、〈村田商店代表乙の父〉は、すでに亡くなっていた〈東鳴川Cの亡父〉の指示以外にも、「古図」という、土地境界を判断する上で重要な資料を持ち合わせていた可能性もある。

(オ) 航空写真

国土地理院やウェブ上の地図サービスから入手できる航空写真により、本件土地1周辺の状況を確認することができる。今回現在の航空写真として、平成30(2018)年ごろの航空写真を用いたが、本件記事が公開された平成28(2016)年6月には、最新の航空写真として、平成28(2016)年ごろの航空写真が、ウェブ上の地図サービスから閲覧可能であった。

イ 上記資料から、本件境界が取りうる線は、下記条件を満たす必要があるとわかる。

(ア)【本件境界条件1】本件境界南西端点は、赤田川南岸の府県境確定点近傍にある。

本件原確定回議書に添付された「木津川市加茂町長尾谷」の公図(乙83ー8枚目)及び「奈良市東鳴川町地籍図」(乙83ー31枚目)に加え、「古図」(甲13乙86ー2)を見ると、本件境界の南で赤田川を渡る府県境の線が、赤田川沿いに遡ったり下ったりせず、赤田川を滑らかに横切っていることがわかる。

これらの図面は、厳密な測量に基づいていないため信頼性は低いが、複数の図面で境界線が滑らかに赤田川を横切っていることは、図面が実際を反映している証左と考えられる。 したがって、本件境界南西端点が、赤田川南岸の府県境確定点近傍にあることは明らかである。

(イ)【本件境界条件2 】本件境界北東端点は掘削域北東に現存する稜線か、その南西方向延長線上にある。

本件原確定回議書に添付された「奈良市東鳴川町第六号」の公図(乙83ー10枚目)及び「古図」(甲13乙86ー2)を見ると、北東から南西へ、赤田川へ向かってほぼ直線的に伸びる府県境の線が、東鳴川町501と本件土地1の境界で、やや西へ折れ曲がることがわかる。

上述のほぼ直線的な府県境の線は、本件土地2と東鳴川町501の境界でもあり、比較的明瞭な稜線となっている。つまり、本件境界北東端点は、この掘削されずに現存する稜線上、あるいは、その南西方向延長線上の掘削域になければならない。

(ウ)【本件境界条件3】 本件境界北東端点は、赤田川南岸府県境確定点から東北東方向に直線距離で109.3m以内になければならない。

原告のいう「古図」の原図である添上郡鳴川村実測全図は、「実測」というだけあって、村界に関しては、時計回りに、方角と距離の実測値が記載されている(乙86ー2ー左上180度回転拡大図)。例えば、赤田川南岸から北東へ伸びる村界に、黒字で「六十度廿分」とあるのは北を0度とした方角を表し、赤字で「十二間二分」とあるのが距離である。

この実測値によれば、赤田川南岸府県境確定点から、60度20分で22.18m、79度50分で18.73m、79度50分で44.18m、78度40分で24.18m進んだところに、本件境界北東端点がある。すなわち添上郡鳴川村実測全図に従えば、赤田川南岸府県境確定点から本件境界北東端点までは、一度緩やかに折れ曲りつつ、ほぼ直線的に東北東へ、合計109.3m(60.1間)である。

ただし、添上郡鳴川村実測全図にある方角の実測値は偏角を補正していないと見られ、方角が数度ずれている。そこで、実測値の再現にあたっては、明治22(1889)年の近畿地方の推定偏角である西偏4.4度(日本考古地磁気データベース/日本周辺での推定地磁気方位<http://mag.center.ous.ac.jp/reduction/cal.cgi>による)で方角を補正した。

ところで原告も指摘する通り、「古図」上の本件境界は、ほぼ直線に近いものの、一度緩やかに折れ曲がっており、なだらかな弧を描いているように見える。したがって、 本件境界北東端点は、赤田川南岸府県境確定点から、東北東方向へ、少なくとも直線距離で109.3m以内になければならないと言える。

ウ 次に航空写真を用いて、上記条件を満たす本件境界線が、どこにあるかを検討する。

(ア) まず、赤田川南岸の府県境は、本件地内平面図(乙85)及び本件地内平面図と同時に作成された国有水路境界確定図によって確定している(乙83ー30枚目)。

そこで、昭和21(1946)年10月2日に米軍が撮影した航空写真(国土地理院:コース番号M275−A−8)に、本件地内平面図を重ね合わせたものが、乙88ー1である。乙88ー1 を見ると、耕作地の区画や道筋が、航空写真と本件地内平面図とで、よく一致している。赤丸で強調した地点が赤田川南岸府県境確定点であり、赤い線は府県境確定線である。

赤田川の北側では、山の稜線が府県境となっているが、この航空写真では、東から当たった日光により、山の西側に影ができており、植生の違いもあって、稜線と思われる場所に影ができている。白い点線は、稜線と思われる場所である。

(イ) ただし、この航空写真は、撮影範囲の端で歪みが生じているので、昭和50(1975)年3月14日撮影の航空写真(地理院地図シームレス衛星写真用に歪みが補正されたもの)を用いて、稜線の白い点線を多少調整した(乙88ー2)。昭和50(1975)年ごろ、この付近では樹木が広く伐採されたとみられ、乙88ー2の右上には、伐採されなかった樹木がところどころに残されているが、伐採域との境は土地境界でもあると考えられるため、府県境の稜線がわかりやすくなっている。

(ウ) このようにして、赤田川北側の稜線の位置が、おおよそわかったので、これを現在の航空写真(Yahoo!地図の平成30(2018)年ごろの航空写真)と重ね、さらに本件境界条件1乃至3等を図示したものが、乙88ー3である。

加えて、乙88ー3には、〈村田商店代表乙の父〉による掘削(埋立)域の外縁を紫の線で示した。これを見ると、〈村田商店代表乙の父〉による掘削域が本件土地1内に収まっていないことは、下記の通り、明らかである。

  1. ① 掘削域外縁は、赤田川南岸府県境確定点から70mほど下流(北西)で赤田川に達しており、本件境界条件1「本件境界南西端点は、赤田川南岸の府県境確定点近傍にある」を満たしていない。したがって、掘削域内に本件土地2及び木津川市道及び本件土地3が含まれることは確実である。

  2. ② 掘削域北東端は、本件境界条件2「 本件境界北東端点は掘削域北東に現存する稜線か、その南西方向延長線上にある」を満たすが、赤田川南岸府県境確定点から、掘削域北東端までは、およそ130mであり、これは、本件境界条件3「本件境界北東端点は、赤田川南岸府県境確定点から東北東方向に直線距離で109.3m以内になければならない」を満たしていない。すなわち、〈村田商店代表乙の父〉は、本件土地1の北東端を20mほど越境して掘削を進めた可能性が高い。

(エ) 原告は不法掘削はなかったと主張するが、これは、本件境界が掘削域の外縁もしくはその外側にあると主張していることと同義である。しかし、以上のとおり、本件境界が掘削域の外縁もしくはその外側にあることはあり得ない。

このことは、乙88ー3に公図や古図を合成することで、よりわかりやすくなる。

まず、乙88ー4は、本件原確定回議書に添付された「木津川市加茂町長尾谷」の公図(乙83ー8枚目・黄色)及び「木津川市加茂町長尾」の公図(乙83ー9枚目・緑色)及び「奈良市東鳴川町第六号」の公図(乙83ー10枚目・水色)及び「奈良市東鳴川町第三号」の公図(乙83ー11枚目・青紫色)を、縮尺と角度を航空写真に合わせ、乙88ー3に合成したものである。

これらの公図は、厳密な測量に基づいておらず、方位の表示も全く不正確であるが、それでも縮尺や角度を航空写真に合わせて調整すると、ある程度は実際の地形や道筋などに一致する。

中でも、木津川市側の長尾谷及び長尾の公図を、赤田川の川筋と木津川市の里道に合わせて配置すると、本件境界にあたる公図上の府県境が、白い点線で表した稜線推定線にほぼ一致することや、奈良市東鳴川町第三号の公図を、赤田川の川筋に合わせて配置すると、公図上の本件境界北東端点が、赤田川南岸府県境確定点から109.3mのあたりにくることなどは、非常に興味深い。

すなわち、これほど不正確に見える公図であっても、道や川に対する府県境の角度や、距離の比率などには、一定程度信頼がおけるものと考えられる。

したがって少なくとも、本件境界が、〈村田商店代表乙の父〉による掘削域外縁もしくはその外側に位置し得ないことは、乙88ー4からも明らかである。

(オ)  次に、乙88ー5は、原告のいう「古図」(甲13・水色)及び原告が本件防護柵通知書に添付した「木津川市加茂町長尾2」の公図(乙84ー1ー3枚目・黄色、同4枚目・緑色)を、乙88ー3に重ね合わせたものである。

原告が信頼性が高いと考えるだけあって、「古図」は、航空写真や本件地内平面図と、驚くほどの一致を見せている。赤田川の川筋、白い点線で表した稜線推定線、赤線で表した本件地内平面図の府県境、これらはほぼ完全に「古図」と一致している。したがって、「古図」の精度はそれなりに高いと考えられる。

仮に、乙88ー5に重ね合わせた「古図」が、実際の本件境界を正しく反映しているとすると、〈村田商店代表乙の父〉が、本件土地2、木津川市道、本件土地3に加え、奈良市東鳴川町501を、不法掘削したことは一目瞭然である。さらには、掘削域の半分以上を不法掘削が占めていたということにもなるであろう。

さて、原告第1準備書面によれば、原告は「古図」に信頼を置いているようであるから、乙88ー5により、少なくとも、〈村田商店代表乙の父〉の山林掘削工事に、不法掘削が含まれていたということについては、原告も同意できるものと考える。

エ なお、被告は平成28(2016)年6月の時点では、合成図を作成するなどして、上記同様の詳細な検討は行ってはいない。しかし、〈村田商店代表乙の父〉が不法掘削を行ったことは、被告が平成28(2016)年6月より前に入手していた、添上郡鳴川村実測全図や関連公図、本件地内平面図などと、国土地理院が公開している年代ごとの航空写真を見比べれば、誰の目にも明らかである。

オ また、被告第1準備書面、第2、6、(2)、3)で検討したように、平成30(2018)年8月及び11月に行われた、木津川市による本件原確定の修正は、原告の求めに応じたものであるが、もし原告が不法掘削がなかったと信じているのであれば、原告は、本件原確定にある確定点108及び202についても削除を求め、掘削面の外縁もしくはその外側までが、奈良市東鳴川町502であるのだから、そもそも木津川市の市有土地境界確定図に奈良市域に関する記載があること自体がおかしいと、主張しなければならない。ところが、平成30(2018)年ごろの原告は、そのような要求をしていない(甲7の4乙28)ので、少なくともこの頃以降の原告は、確定点108及び202よりも東側に、本件土地1と本件土地2の境界があることについては認めている、ということになる。

そうすると、確定点108及び202は、原告が掘削あるいは埋め立てた範囲に含まれ、かつ、公図によれば、確定点108及び202が明示する木津川市道の東側には本件土地2が一定の幅を持って存在し、当該指市道と赤田川の間には本件土地3が存在しているので、原告が木津川市に確定点108及び202の削除を求めなかったことは、原告が少なくとも現在は、不法掘削の存在を認めている、ということを意味する。

(4)本件原確定は、本件境界に関する、本件土地2共同所有者らと本件土地1前所有者〈東鳴川C〉との合意を表す。

ア 平成28(2016)年6月時点においては、本件原確定は修正されていないので、本件原確定にある本件境界(以下、「本件原確定境界」と言う。)を根拠に、平成19(2007)年11月20日以降、本件土地2に原告が様々なものを設置していることについて、原告が本件土地2を不法占用していると指摘することは、仮に原告の主張が正しいとしても、全く虚偽ではない。

イ したがって、ここで争われているのは、本件原確定(「旧図」)が修正された平成30(2018)年11月に、本件原確定境界が無効となったか否かである。

ウ さて原告は、平成30(2018)年8月及び11月に、本件原確定(「旧図」)が修正されたことをしきりに強調するが、この修正により、過去に遡って、本件原確定境界が完全に無効化すると主張しているのは、実のところ原告だけである。

被告第1準備書面、第2、6、(2)で検討したように、木津川市はそのような見解を示していない。また被告が本件原確定の修正そのものに、不信感を持った理由については、被告第1準備書面、第2、6、(2)で詳しく述べた。

ところで、被告が求釈明で求めた、原告による木津川市に対する質問書と木津川市からの回答書が、原告から提出されたならば、原告がなぜ、本件原確定修正により、本件原確定境界がはじめから無効となるとの見解を持つに至ったかが、明らかとなるであろう。原告の質問書には、原告が本件境界をはじめから無効だと考えた理由が、詳しく書かれていると見られ、また木津川市が、原告にそのような解釈を確信させ得る返答をしたどうかについても、確認できるからである。

エ 一方、言うまでもなく、本件土地2共同所有者らは、本件原確定が修正されたことにより、本件原確定境界が無効化したとは考えていない。

そもそも、本件原確定は、本件土地2共同所有者らと、本件土地1の前所有者である〈東鳴川C〉との間で成立した、本件境界に関する合意を表すものでもある。

つまり、木津川市が本件原確定をどのように修正しようとも、本件土地2共同所有者らと本件土地1前所有者である〈東鳴川C〉が、平成19年に、本件原確定境界を、本件境界とすることで合意した事実が消えることはない。

したがって、少なくとも、本件土地2共同所有者らと本件土地1前所有者である〈東鳴川C〉が合意した土地境界として、本件原確定境界は現在でも有効である。

オ なお、本件原確定は、京都府警の捜査に協力する形で作成され、本件原確定に係る現地立会いと同時に行われた、京都府警による境界確認には、本件土地1前所有者である〈東鳴川C〉、本件土地2共同所有者ら、本件土地3所有者のほか、木津川市職員及び奈良市職員も立ち会っている。本件原確定境界は、京都府警が捜査の一環として関わった上で、木津川市及び隣接所有者の確認を経て確定したものである(乙6ー4頁)。

さらに本件原確定回議書によれば、木津川市は、奈良市側を含め関連する公図や地籍図を蒐集しており(乙83)、木津川市が、それらとの整合性を検討した上で、本件原確定境界を確定したことがうかがえる。

しかも、本件原確定境界は、正確な測量に基づいており、市有土地境界確定に準じる信頼性を有する。

カ また本件原確定境界は、赤田川南岸府県境確定点と、掘削域の最も高い場所を結ぶ直線となっており、これは本件境界条件1「本件境界南西端点は、赤田川南岸の府県境確定点近傍にある」及び本件境界条件2「本件境界北東端点は掘削域北東に現存する稜線か、その南西方向延長線上にある」を概ね満たしている。本件境界条件3「本件境界北東端点は、赤田川南岸府県境確定点から東北東方向に直線距離で109.3m以内になければならない」は満たさないが、本件境界北東端点の元の地形は掘削されて消失しており、現地に地形上の目印が残っていない以上、やむを得ないと言える。

ちなみに、乙88ー3乙88ー4乙88ー5の、赤田川北側にある赤い直線が、本件原確定境界である。乙88ー4及び乙88ー5を見ると、本件原確定境界が、白い点線で表した稜線推定線や「古図」の本件境界にも近く、全く的外れではないことがよくわかる。少なくとも、掘削域の外縁(紫色の太線)もしくはその外側に本件境界があるとする原告の主張よりは、比べるまでもなく、山林掘削前の元の境界に近いと言える。

キ ところで原告は、原告第1準備書面において、「境界は当事者の主観ではなく客観的資料に基づき確定されるもの」だと指摘しているが、以上の通り、本件原確定境界は、客観的資料に基づき確定されたものである。

一方、本件境界が掘削域外縁もしくはその外側にあるとする原告の主張は、死亡した〈東鳴川C〉の亡父、〈東鳴川Cの亡父〉の指示のみが、その根拠となっている。原告の主張が真実であれば、〈村田商店代表乙の父〉は、今でも、掘削域外縁付近にあるはずの、樹木の塊や林相の差異を、具体的に指し示すことができるということになるが、いずれにせよ〈東鳴川Cの亡父〉が死亡している以上、「死人の口」を客観的に検証することなど不可能である。本件原確定境界と原告の主張のどちらが、「当事者の主観」であるかは論を俟たない。

(5)原告の本件境界に関する主張は一貫していない。

ア 原告第1準備書面及び本件防護柵設置通知書における、本件境界に関する原告の主張は、以下の通り一貫していない。

  1. ① 原告は、本件境界が掘削域外縁もしくはその外側にあると主張している。(原告第1準備書面、第2、4、(1)乃至(3))

  2. ② 原告は、本件境界は「古図」と矛盾するべきではないと主張している。(原告第1準備書面、第2、4、(4))

  3. ③ 原告は、木津川市加茂町西小長尾2の公図を参考に、防護柵の位置を決めたとするが、防護柵の位置は、本件境界とも府県境とも考えていないと主張している。(乙84ー1

イ (2)で検討したように、①は②によって否定されるから、①と②が両立することはできない。③は、②に則りながら、公図を参考にした防護柵の位置は、本件境界とは考えないと主張している。しかも、③の防護柵の位置は、原告が参考にしたと言う公図あるいは「古図」における本件境界の、直線に近い緩やかなカーブと比べ、カーブの膨らみが大き過ぎ、明らかに境界線の進む方角が北に偏っており(乙88ー5)、②とも矛盾する。

ウ 本来、もし原告が本件原確定境界を否定したいのであれば、本件原確定境界を上回る根拠と信頼性に基づき、別の境界線を具体的に提示するべきところ、以上の通り、原告の本件境界に関するいくつかの主張は互いに矛盾しており、ただ本件境界に関する本家土地1前所有者と本件土地2共同所有者の間で成立した合意をなかったことにしたいという執念だけはうかがえるものの、何ら具体的境界線の提案を伴わないため、信用するに値しない。

(6)小括

以上のとおり、〈村田商店代表乙の父〉の不法行為責任が結果的に問われなかった一方で、本件土地2及び本件土地3及び木津川市道及び東鳴川町501に対する不法掘削は確かに存在した。

したがって、原告第1準備書面、第2、1、「ウ」「ク」は虚偽ではない。

同「サ」については、平成20(2008)年3月13日の木津川市平成20年第1回定例会において、当時の市議が、関係者が京都地方検察庁に問い合わせたところ、起訴猶予としての不起訴である旨、回答を得たと報告していることに基づく(乙6ー10頁)。

同「ケ」「コ」は本件記事では一続きの文章である。本件記事の文章では、野焼きでは現行犯逮捕された(ケ)が、山を削り取られたことに関する刑事告訴は起訴猶予に終わった(コ)と言う文脈となっている。

つまり「コ」の「しかし」は、直前の、「削り取った他人地で野焼きを繰り返し、農場主が現行犯逮捕されています」を受けるものである。原告は、これを切り離し、さらに文章の順番を逆にして取り上げているが、このことは、原告の指摘するようには、これらの文章を解釈できないことを、原告自身自覚しているためと考えられる。

すなわち、「現行犯」逮捕されるのであるから、原告が繰り返していた「野焼き」がその理由であることは、通常の読解力があれば読み取れるはずである。しかも、「しかし」で始まる続く文章に、「山林を削り取られたAさんBさんらによる刑事告訴はなぜか起訴猶予に終わりました」とあるので、現行犯逮捕の理由が、他人地を削り取ったことでないことは、いっそう明らかである。

なお、木津川市の平成20年第3回定例会において、木津川市建設部長が「問題解決の端緒になると期待しておりました関係土地所有者からの不動産を侵奪されたことに伴う告発状については、不起訴処分という結果になりました」と述べている(乙6ー15頁)。

被告第1準備書面、第2、「4 本件土地1・2・3に係る木津川市市有土地境界確定図が確定されるまでの経緯」で確認したとおり、当時、木津川市は、原告が木津川市道上に違法に設置した小屋を撤去させるため、数年がかりで、様々な働きかけを行っていた。このころ関係者の間で、刑事告訴が当然起訴に至るであろうと期待されていたことは、木津川市建設部長が「期待をしていた」と述べていることにも表れている。

したがって、被告が「なぜか」と表現をしたことは、全く突飛な発想ではない。

5 まとめ

以上のとおり、本件記事のうち、山林侵奪、他人地占拠(FACT.1)に関する記事については、そもそも本件土地1のみを取り上げて不法掘削だったとする記述はなく、「本件土地1の不法占有」「本件土地2、本件土地3の不法掘削」については、真実を摘示するものである。少なくとも、被告には、摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由があった。

第4 赤田川下流の水質汚濁(FACT.4)について

1 「汚濁」と言う言葉は水質汚濁防止法特有の表現ではない

原告は、「汚濁」という言葉が水質汚濁防止法特有のものであり、本件記事の中で用いられている「汚濁」と言う表現は、水質汚濁防止法上の「汚濁」を示すと主張するが、言うまでもなく、「汚濁」という言葉は水質汚濁防止法特有のものではない。むしろ「汚濁」と言う言葉を用いずに「汚濁」を表現することの方が難しいと言える。

また法令の分野に限っても、「汚濁」と言う言葉は水質汚濁防止法特有のものではない。例えば木津川市は、様々な報告書で「赤田川水質汚濁」と言う表現を用いているが、木津川市が念頭においているのは、水質汚濁防止法ではなく、環境基本法(平成5年法律第91号)第16条による公共用水域の水質汚濁に係る環境上の条件につき人の健康を保護し及び生活環境(同法第2条第3項で規定するものをいう。以下同じ。)を保全するうえで維持することが望ましい基準(以下「環境基準」という。)である。

このことは、木津川市が、平成29(2017)年4月10日、京都府山城南保健所とともに、エヌエス環境株式会社と赤田川の水質汚濁について協議(乙8の1)した際、エヌエス環境株式会社から、赤田川の大腸菌群数について、「し尿レベルの汚染」と指摘されたにも拘わらず、その後木津川市が、赤田川の大腸菌群数について、ほとんど注意を払っていないことからもうかがえる。農業用水とみなして赤田川に適用される河川類型Dの環境基準には、大腸菌群数の基準値が設定されていないため、赤田川の大腸菌群数に関しては、環境基準に照らした評価が行えないためである。

また、公共用水域である赤田川の、その中でも当尾京都府歴史的自然環境保全地域に指定された区間で、環境基準を超える著しい水質汚濁がたびたびみられる(乙9の2)ことは、そのこと自体が地域にとって被害であると言わなければならない。当該地域には、永仁四年の瑠璃不動磨崖仏がある浄瑠璃寺奥之院へのハイキングコースもあり、赤田川の水質汚濁とそれに起因する悪臭は、地域の観光価値をも毀損している。

2 村田養豚場は、下流で問題視されている有機汚濁物質に関して、排水規制を受けていない。

原告は、第3、(1)のイ乃至(2)で、村田養豚場が水質汚濁防止法上の排水規制に違反したことはないと主張するが、赤田川下流で問題視されているのは、生物化学的酸素要求量(BOD)あるいは化学的酸素要求量(COD)として現れる有機汚濁である。

原告が、第3、(1)のイで明らかにしていることは、村田養豚場は、1日当たりの平均排水量が50㎥未満とされているので、甲14の別添2表1記載の有害物質に係る排水基準の適用は受けても、生物化学的酸素要求量(BOD)など、甲14の別添2表2記載の生活環境項目に係る排水基準については、何の規制も受けていないという事実である。

したがって、村田養豚場が水質汚濁防止法上の排水基準を満たしていることは、村田養豚場が下流で問題となっている有機汚濁の原因者ではないことを何ら保証しない。

3 村田養豚場が、下流で問題視されている有機汚濁の原因であると疑われていることは事実である。

(1) 平成28(2016)年6月の本件記事公開時点

被告は、本件記事公開前に、木津川市議会において、赤田川の水質汚濁問題が長年議論されており、村田養豚場がその原因と疑われていることを、インターネット上に公開された木津川市議会議事録で確認していた(乙6)。

また、平成28(2016)年までに行われた民間の調査においても、赤田川の化学的酸素要求量(COD)が木津川水系の中で突出していることが指摘されており、その原因として「上流域にある産廃の山と養豚場」が挙げられていた(乙89ー4頁)。

加えて、被告は実際に赤田川の奥之院付近などを訪れ、その水質汚濁状況を何度も確認していた。本件記事には、本件記事の内容を根拠づけるものとして、被告が撮影した赤田川の写真や動画が複数掲載された。

(2) 平成28(2016)年6月の本件記事公開以降

本件記事公開以降の、赤田川の水質汚濁状況を巡る動きについては、被告第1準備書面、第2、9で詳しく述べたので、そちらを参照されたい。

4 私権の侵害について

本件記事に、原告による水質汚濁防止法違反を指摘する記述はない。また、赤田川下流で具体的な農業被害が発生していると指摘している箇所もない。村田養豚場からすぐ下流の浄瑠璃寺奥之院近辺では、著しい水質汚濁が頻繁に観察されているので、被告はそのことを象徴する出来事をいくつか紹介したに過ぎない。

しかし、もし赤田川下流で具体的な農業被害が出た場合は、下流域農業者から原因者に対し、公害訴訟などが提起されることが大いにあり得る。実際、木津川市は、平成29(2017)年春頃には、赤田川の水質汚濁が深刻化したことを受けて、公害調停あるいは公害訴訟についても検討しており、京都府に対して、公害紛争処理を念頭に、農業被害が出た場合の農業者への支援を要請している(乙9の2)。

5 因果関係について

(1) 赤田川上流の松谷処分場が、赤田川の汚濁源である可能性は、木津川市赤田川水質汚濁状況調査報告書によって否定されている。(乙15

ア 平成29(2017)年4月10日の段階で、木津川市から赤田川の水質調査を委託されていたエヌエス環境株式会社は、「降雨量が増えれば河川流量は増加するが、汚濁物質は薄められる傾向」にあることを指摘し、赤田川の水質汚濁源について、「雨に伴って濁水のように流出する発生源ではない」と結論づけている(乙8)。すなわち、産廃処分場などから雨に伴って流出するような汚濁物質が、赤田川水質汚濁の原因となっているとは考えられない。

イ 赤田川水質汚濁状況調査では、村田養豚場のすぐ上流の調査地点「底質⑤」から採取した底質の分析結果と、松谷処分場跡より上流の調査地点「奈良上流」から採取した底質の分析結果に、ほとんど差が認められていない(乙15ー12頁、調査地点は乙15ー6頁)。したがって、松谷処分場跡が赤田川水質汚濁の原因とは考えられない。

ウ 連続モニタリング調査によって、夜間、短時間に有機汚濁成分が赤田川に大量に流入していることが確認されたが、これは自然現象としては説明が困難であり、赤田川の水質汚濁は人為的なものであると考えられている(乙15ー22頁)。

(2) 奥之院下流の砂防ダムが、赤田川の二次的な水質悪化の原因となっている可能性が考えられるようになったのは、平成29(2017)年5月30日に行われた木津川市による赤田川水質汚濁状況調査の後である(乙62)。それまで、奥之院下流の砂防ダムは、いわば天然の沈殿槽として、有機汚濁成分が下流に流れるのを、ある程度食い止めていると考えられていた。したがって、平成28(2016)年6月公開の本件記事に、砂防ダムが二次汚濁源となっている可能性について記載がないことは、当然と言える。

なお、砂防ダムの取水設備の開閉が行われなくなったのは、開閉機構が故障したことに加え、開放時に汚濁した底質を含んだ黒い水が下流に流れ込むためである(乙15ー25頁)。

また、砂防ダムが二次的な水質悪化の原因となる理由は、ガスとともにスカム状の物質が噴き上がり、それらが水面を浮遊して、下流に流れ下ることなどによる(乙15ー20頁)。この現象は、赤田川上流から大量の有機汚濁成分が流れ込むことによって生じていると考えられ、それゆえに砂防ダムは、「二次的な」水質悪化の原因とされている。

しかし現在では、砂防ダムにおいて、スカム状物質の噴き上がりは少なくなっており、砂防ダムが二次汚濁源となっているとは考えられていない(乙62ー2頁)。理由は不明であるものの、上流からの有機汚濁成分の流入が減ったことにより、砂防ダムの汚濁状況が改善したことなどが考えられる。

ただし、今後、上流から有機汚濁成分の大量流入が繰り返された場合は、砂防ダムがいよいよ深刻な二次汚濁源となる可能性はある。

なお砂防ダム改修について、京都府山城南土木事務所は、河川法に基づき、有機汚濁成分流入の原因者に現状復旧させること、あるいは、原因者に代わって木津川市が現状復旧を行い、原因者にその費用を請求することが可能であると結論づけている(乙90)。

したがって、今後砂防ダムの改修が不可避となれば、一次汚濁の原因者特定について、それまで以上に踏み込んだ判断がなされ、もし原因者が特定された場合は、その原因者が、砂防ダム改修工事を負担させられる可能性がある。

以上の通り、一時、砂防ダムが水質悪化の原因となっていたことは、上流の汚濁源から大量の有機汚濁成分が赤田川に流れ込んでいたことの結果であって、砂防ダムが単独で赤田川の水質を悪化させていたわけではない。

(3) 木津川市赤田川水質汚濁状況調査報告書は「府県境に位置する養豚場付近が、赤田川の水質汚濁源となっていると考えられる」としている(乙15ー20頁)。以下、赤田川の汚濁原因に関する結論部分を引用する。

「 連続モニタリング調査の結果から、赤田川の水質汚濁については、「奥の院」における水質を著しく悪化させるような、高濃度かつ大量の有機汚濁成分が、人為的に、高い頻度で主に夜間に排出され、河川に流入することによって生じている可能性が高い。

4月17日の水質調査では、「奥の院」で従来見られなかった高濃度の有機汚濁が確認されたが、これは、有機汚濁成分の流入時の水質である可能性が高い。

本年度の赤田川の水質は、【参考資料2】のとおりだが、河川への汚濁成分の流入が短時間に集中していると考えられる今回のようなケースでは、通常の水質検査では、汚濁状況を十分把握することが困難である。

一方、底質は、河川水の影響を蓄積するため、一時的な汚濁成分の流入についても、一定捕捉することができる。汚濁源の確認調査において、底質に大きな差異が認められたのは底質⑤と底質⑥の間であり、底質⑤から下流側で底質の有機物汚濁を示す化学的酸素要求量(COD)が高い状況であった。

また、養豚場周辺の流入水に強い有機物汚濁が認められたことから、府県境に位置する養豚場付近で、高濃度かつ大量の有機汚濁成分が排出されて、赤田川の水質汚濁を引き起こしていると考えられる。

なお、事業所敷地内の状況が不明であることから、付近の事業所の汚水処理等の調査が必要である。」(乙15ー25頁)

被告は平成28(2016)年6月に公開した本件記事において、赤田川水質汚濁の原因が村田養豚場であるとは断定していないが、以上の通り、平成29(2017)年11月の木津川市赤田川水質汚濁状況調査報告書では、水質汚濁源が村田養豚場付近であることまでは特定している。

6 まとめ

以上のことから、本件記事における「汚濁」と言う表現が、水質汚濁防止法上の「汚濁」を示すということを前提とした原告の主張は、全て当を得ていない。また、原告の主張は、木津川市の水質汚濁状況調査報告をふまえていないため、すでに明らかとなっていることを無視したものである。したがって、本件記事が虚偽の事実の摘示だとする原告の指摘には根拠がない。少なくとも、被告には、摘示事実が真実であると信ずるについて相当の理由があった。

7 原告の排水に対する取組みについて

(1) 原告は、平成29(2017)年夏か秋ごろ家畜の餌を改善したとするが、これは、平成29(2017)年5月30日に行われた、木津川市の赤田川水質汚濁状況調査で、村田養豚場直下の川底に、大量の食品残渣がみられた(乙10乙15ー7頁)ことを、木津川市から指摘されたためと考えられる。

ところで、乙31ー(1)乃至(3)で示したように、木津川市の赤田川水質汚濁状況調査より少し前、平成29(2017)年の冬から春にかけ、村田養豚場は、余剰食品残渣などを、本件土地1に大量に投棄している(乙31ー(1)の日付が「2018.2.16」とあるのは、「2017.2.16」の誤りであるので、訂正したい。)。

つまり、木津川市の調査で発見された赤田川川底の食品残渣は、村田養豚場が赤田川の川べりに投棄した余剰食品残渣が、雨などによって赤田川に流れ込んだ結果、川底に堆積したものと考えられる。

また、村田養豚場では、敷地の間にある木津川市道上で、フォークリフトとミニローダーを用いて餌の混ぜ合わせが行われているが、この作業時に、少なくない量の食品残渣が路上にこぼれ落ちている(乙56)。こうしてこぼれ落ちた食品残渣は、ホースの水を使って洗い流され、最終的には赤田川に流れ込んでいると考えられる。

しかし原告が餌を改善したとする、平成29(2017)年の夏か秋以降にも、食品残渣らしきものが、やはり本件土地1の赤田川川べりに、大量に投棄されている(乙31ー(18)乃至(24))。加えてこの間、市道上での餌の混ぜ合わせ作業についても、何かが改善されたようには思われない(乙56)。したがって、原告が餌を改善した後も、それまで同様、食品残渣は赤田川に流れ込み続けていたと考えられる。

以上のことから、原告による餌の改善は、水質改善のための工夫というよりも、食品残渣が流出した際、それが露見することを避けるための工夫であったと解する余地もある。

(2) 原告が新しい排水設備設置の工事を開始したのは、令和元(2019)年5月ごろである(乙72ー(25))。これは原告が、被告に対し、本件御通知書(乙1)を内容証明郵便で送付した平成31(2019)年3月1日よりもあとである。

原告はこの新しい排水設備が令和元(2019)年10月の時点でほぼ完成したとするが、これは原告による本訴訟の提起よりあとであることはもちろん、被告が被告第1準備書面を提出した2019(令和元)年9月10日よりもあとである。

(3) 原告が村田養豚場の排水設備に関し、何らかの対策を取ってきたのだとしても、それが「弥勒の道プロジェクト」の要求に対応するものだとは到底考えられない。

第一、被告は「弥勒の道プロジェクト」として原告に何かを要求したことはない。一方、赤田川の水質汚濁に関しては、平成29(2017)年初夏ごろ、下流五地区やJA京都やましろが、水質改善を求める要望書を木津川市長に手渡している(乙11乙12)。さらにその後、平成29(2017)年11月には、木津川市による赤田川水質汚濁状況調査報告書(乙15)の内容を受け、木津川市長自ら、奈良県知事及び奈良市長を訪問して、赤田川の水質改善に関し、文書で協力を要請する事態ともなった(乙17の1乙18の1)。

それにも拘わらず、原告が「弥勒の道プロジェクト」の要求に応じて努力をしてきたと主張することには、問題を、原告と被告の関係のみに矮小化しようという、原告の戦略的意図が込められているものと考える。

また原告が「原告の排水に対する取組み」として挙げたものは、いずれも本件記事が公開された後に行われたものである。

加えて、被告は、本件記事公開後、原告による訴訟提起を受けた後の、令和元(2019)年9月11日まで、本件記事を一切変更しておらず、また原告も、平成31(2019)年3月1日の本件御通知書送付まで、本件記事を具体的に指定して、被告に何かを要求したことはない。したがって「原告を攻撃し続ける被告の対応は、非常に苛烈なものである」とする原告の主張は、実態を反映していない。

そもそも、原告は木津川市の立ち入り調査を拒んでいる(乙13)上、奈良県や京都府などにも、木津川市に村田養豚場に関する情報を提供しないよう求めている(乙24ー8頁)ので、原告の排水に対する取組みは、木津川市にほとんど把握されておらず、当然の帰結として、木津川市による下流地域への説明でも、原告の取組みの詳細はほとんど伝えられていない(乙69)。この状況で、被告に対し、原告の取組みを理解するよう求めることには無理がある。

原告は、被告の理解を得るためではなく、赤田川下流地域の理解を得るため、木津川市による立ち入り調査を、それがいつであっても快く受け入れ、木津川市に対し、すすんで排水設備の詳細を逐一説明するべきであろう。

被告としても、立ち入り調査などをふまえた上で、木津川市から赤田川下流地域に対し、地域が納得するような、詳細な説明があった場合には、その説明内容を本件記事に反映させることに吝かではない。

第5 求釈明

1 趣旨

原告が平成30(2018)年3月に数度にわたり木津川市に送った質問書及び平成30(2018)年4月12付け木津川市の回答書(4枚程度のもの)を提出されたい。

2 理由

その理由は、これらの文書が提出されることによって、原告が本件原確定境界が修正されたことにより、本件原確定境界が無効化したと考える理由、もしくは、そのように考える根拠がないことが判明すると考えられるためである。

また、これらの文書は、原告の排水設備改修に関連していることがうかがわれるので、原告の排水設備改修と赤田川水質汚濁との関係についても明らかになると考えられるためである。

- 以上 -
令和元年(ワ)第338号 損害賠償等請求事件
原  告  株式会社村田商店
被  告  遠藤 千尋

証拠説明書(2)

2020(令和2)年1月31日
奈良地方裁判所民事部3B係 御中
【乙第80号証の1】確約書(写し)
作成日:H18.11.3
作成者:〈東鳴川町501共同所有者〉、〈東鳴川町502所有者〉
立証趣旨:〈東鳴川C〉が、隣接所有者と土地不譲渡確約書を交わしていたこと
【乙第80号証の2】確約書(写し)
作成日:H18.11.3
作成者:〈加茂町B亡夫〉、〈長尾2共同所有者L〉、〈長尾2共同所有者M〉
立証趣旨:木津川市長尾2共同所有者が土地不譲渡確約書を交わしていたこと
【乙第81号証】■■養豚場一件 経過概略(写し)
作成日:H20.8
作成者:木津川市管理課 桺澤
立証趣旨:〈村田商店代表乙の父〉が本件賃貸借契約が平成21年2月まであると主張していたこと
【乙第82号証】告訴状(写し)
作成日:H19.3.9
作成者:〈加茂町B亡夫〉、〈長尾2共同所有者L〉、〈長尾2共同所有者M〉、〈加茂町A〉
立証趣旨:原告が、木津川市長尾2所有者から、掘削をしないよう求められていたこと
【乙第83号証】回議書(写し)
作成日:H19.11.13
作成者:木津川市管理課 久保田明
立証趣旨:木津川市が本件市有土地境界確定にあたって、奈良市側を含め、公図や地積図などを集めていたこと
【乙第84号証の1】防護柵設置通知書(写し)
作成日:R1.10.7
作成者:原告
立証趣旨:原告が長尾2共同所有者全員に、豚コレラ対策として長尾2に越境して防護柵を設置する旨、通知していたこと
【乙第84号証の2】ご返答(写し)
作成日:R1.10.20
作成者:〈加茂町B〉、〈長尾2共同所有者L相続者〉、〈長尾2共同所有者M相続者〉
立証趣旨:長尾2共同所有者が、原告に対し、内容証明郵便で、防護柵などが土地境界を越えることのないよう求めていたこと
【乙第84号証の3】対応依頼(写し)
作成日:R1.11.28
作成者:原告
立証趣旨:原告が、京都府畜産課と木津川市農政課に対し、越境して防護柵を設置することに協力するよう求めていたこと
【乙第84号証の4】原告が本件土地2に越境して設置した防護柵の写真(原本)
作成日:R2.1.13
作成者:被告
立証趣旨:原告が長尾2共同所有者の拒絶を押し切って、本件土地2に越境して防護柵を設置したこと
【乙第84号証の5】ご返答(写し)
作成日:R2.1.11
作成者:〈加茂町B〉、〈長尾2共同所有者L相続者〉、〈長尾2共同所有者M相続者〉
立証趣旨:長尾2共同所有者が、原告に対し、内容証明郵便で、防護柵などの撤去を求めていたこと
【乙第85号証の1・2】地内平面図 里道(京都府相楽郡木津町・京都府相楽郡加茂町・奈良県奈良市中ノ川町・奈良県奈良市東鳴川町)(写し)
作成日:S58.10
作成者:アジア技研 測量士:鈴木日進
立証趣旨:昭和58(1983)年に、赤田川南側の府県境の境界線が確定していたこと(2は拡大図)
【乙第86号証の1】添上郡鳴川村実測全図(写し)
作成日:M22.10.12
作成者:測量:今泉薫・製図:柴田廣吉
立証趣旨:被告が平成27(2015)年1月20日、奈良市東部出張所で原告が提出した「古図」の原図を撮影していること
【乙第86号証の2】添上郡鳴川村実測全図(写し)
作成日:M22.10.12
作成者:測量:今泉薫・製図:柴田廣吉
立証趣旨:長尾2と東鳴川502の境界の距離に赤田川の川幅を加えた距離が実測値で109.3mであること
【乙第87号証】〈加茂町A〉家保管長尾谷公図(写し)
作成日:不明
作成者:不明
立証趣旨:被告が平成27(2015)年9月9日、〈加茂町A〉に聞き取りを行い、〈加茂町A〉家保管の長尾谷の公図を閲覧し、道を付け替えたことなどを聞いたこと
【乙第88号証の1】合成図(写し)
作成日:航空写真:S21.10.2/合成図:R1.12.6
作成者:航空写真:国土地理院/合成図:被告
立証趣旨:影のつき方と植生の違いから、赤田川北側の府県境となっている稜線が見て取れること
【乙第88号証の2】合成図(写し)
作成日:航空写真:S50.3.14/合成図:R1.12.6
作成者:航空写真:国土地理院/合成図:被告
立証趣旨:影のつき方と植生の違いから、赤田川北側の府県境となっている稜線が見て取れること
【乙第88号証の3】合成図(写し)
作成日:航空写真:H30ごろ/合成図:R1.12.6
作成者:航空写真:Yahoo!地図/合成図:被告
立証趣旨:長尾2と東鳴川町502の境界線が可能な範囲
【乙第88号証の4】合成図(写し)
作成日:航空写真:H30ごろ/合成図:R1.12.6
作成者:航空写真:Yahoo!地図/合成図:被告
立証趣旨:木津川市と奈良市の公図を航空写真に合成すると、掘削域が東鳴川町502を越境していることが明らかであること
【乙第88号証の5】合成図(写し)
作成日:航空写真:H30ごろ/合成図:R1.12.6
作成者:航空写真:Yahoo!地図/合成図:被告
立証趣旨:乙84の1に添付された公図と「古図」を航空写真に合成すると、掘削域が東鳴川町502を越境していることが明らかであること
【乙第89号証】木津川とその支流の水質汚染について...木津川一斉水ウォッチングまとめ(原本)
作成日:H28春頃
作成者:淀川管内河川レンジャー 山田信人
立証趣旨:平成28(2016)年6月より以前の民間調査で赤田川の水質汚濁が木津川水系の中で最悪レベルであることが指摘されていたこと
【乙第90号証】赤田川の水質汚濁に係る河川・砂防管理者責任について(写し)
作成日:H29.11.2
作成者:京都府山城南土木事務所
立証趣旨:京都府山城南土木事務所が、砂防ダムの改修が必要になった場合、河川法に基づき原因者に現状復旧させること、あるいは原因者に代わって現状復旧を行い費用を請求することが可能と結論づけていること