甲第6号証
平成23年(ネ)第3211号 損害賠償本訴,同反訴請求控訴事件
(原審・奈良地方裁判所平成21年(ワ)第1125号[本訴] , 同平成22年(ワ)第390号[反訴])
口頭弁論終結日 平成24年1月18日
判決
被控訴人 〈村田商店代表乙の父〉
主文
- 本訴請求についての本件控訴を棄却する。
- 原判決中反訴請求に関する部分を取り消す。
- 被控訴人の反訴請求を棄却する。
- 本訴についての控訴費用は控訴人の負担とし,反訴についての訴訟費用は、第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
- 原判決を取り消す。
- 被控訴人は,控訴人に対し,3000万円及びこれに対する平成14年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
- 主文第3項と同旨
- 訴訟費用は,第1,2審を通じ,本訴,反訴とも被控訴人の負担とする。
- 上記2につき仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,控訴人が亡父〈控訴人父〉(以下「〈控訴人父〉」という。)から相続により取得した原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を目的とする賃貸借契約(以下「本件契約」という。)に関し,賃貸人である控訴人と,賃借人である被控訴人との間における紛争の事案である。
控訴人は,被控訴人が本件土地を掘削して得た山土を他人に売却して利益を上げたことにより同額の損害を被ったと主張して,被控訴人に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償金8149万1723円のうち3000万円及びこれに対する不法行為の日又は本件契約締結の日である平成14年3月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(本訴)。
被控訴人は,控訴人が本訴提起により本件契約に基づく義務を履行する意思のないことを明らかにしたとして,同契約を解除し,債務不履行に基づく損害賠償金5031万2652円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成22年4月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている(反訴)。
原審は,本訴請求を棄却し,反訴請求を認容したところ,控訴人は,これを不服として控訴を申し立てた。
2 本訴請求及び反訴請求についての当事者の主張は,当審における当事者の主張(反訴関係)を後記3に付加するほかは,原判決「事実及び理由」中の第2の2及び3(原判決2頁23行目から4頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 当審における当事者の主張(反訴関係)
(控訴人)
-
控訴人には被控訴人が畜産業を営めるようにする義務は存在しない。
本件契約は、牛の放牧に利用することを主たる目的として本件土地を賃貸 したものであって,賃貸人である控訴人の義務は,賃借人である被控訴人に対し,本件土地を山林素地のまま引き渡して,これを上記目的の範囲内で使用収益させることに尽き,それ以外の賃貸人の義務はない。
-
本訴提起は、本件契約上の債務不履行に当たらない。
本訴は,被控訴人が本件土地を掘削して土砂を第三者に売却して控訴人に損害を与えたとして,その賠償を求めるものであって,本件土地の返還を求めるものではない。控訴人の意思によって被控訴人が本件土地を使用収益できなくなるものではなく,本訴提起によって,被控訴人が本件土地を使用収益することが妨げられたことはない。
仮に本件契約に本件土地を掘削するとの内容が含まれるとしても,控訴人は,本件契約の締結に直接関与しておらず,〈控訴人父〉の相続人として賃貸人の地位を承継したにすぎないところ,契約書には特約事項として単に「目的として畜産業をいたします」との記載があるのみであり,特約の具体的内容について疑義が生じ,これを明らかにするために訴訟を提起することは,賃貸人としての義務に反するものではない。
被控訴人が本件土地において掘削工事を行うことができなくなったのは,平成19年夏ころに〈加茂町B〉ほか2名(以下「〈加茂町B〉」という。)から不動産侵奪,廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反の被疑事実で告訴され,平成20年2月29日に不起訴処分となったものの,検察官から,本件土地で畜産業を営むことを断念するよう指導を受けてこれに従ったためである。控訴人は,〈加茂町B〉の告訴に関与しておらず,被控訴人が本件土地において畜産業を営むことができなかったのは専ら被控訴人の責任である。
-
本訴提起と被控訴人主張の損害との間には因果関係がない。
被控訴人主張の損害は,同人が〈加茂町B〉から告訴されるような違法不当な行為を行ったことによって本件土地における掘削工事を中止せざるを得なくなった結果被ったものであるから,本訴提起との間には因果関係がない。
(被控訴人)
-
控訴人には被控訴人が畜産業を営めるようにする義務がある。
本件契約における土地賃借の目的は、牛の放牧に利用することであり,契約書にも「目的として,畜産業をいたします」と明記され,控訴人も,被控訴人が本件土地において牛や豚等を放牧すること,飼うことを本件契約締結当時に認識していた。そして,本件土地は,急傾斜を含むため,そのままでは畜産業を行うために利用するのは困難だったのであるから,被控訴人が本件土地を掘削することは,本件契約の内容に含まれていたと解すべきである。
-
控訴人の本訴提起は,本件契約上の債務不履行に当たる。
控訴人が,本訴を提起して,被控訴人の契約違反を主張し,不動産侵奪罪に該当すると決めつけて3000万円もの損害賠償を請求したということは,もはや本件土地を賃貸し続ける意思のないことを表明したものと解すべきである。
被控訴人が検察官の指導を受けて本件土地の掘削の続行を中断したのは事実であるが,平成20年1月ないし2月段階で本件土地において畜産業を営むことを断念したわけではない。引き続き本件土地で畜産業を行う意思があったからこそ,平成22年2月まで本件土地の賃料の供託を続けている。
被控訴人は,平成16年3月30日に奈良県知事より就農計画認定書の交付を受け,同年4月に青年等の就農促進のための資金の貸付け等に関する特別措置法に基づき1億円の融資を申請し,5000万円の融資の内示を得ることができたが,控訴人が前言を翻して被控訴人に本件土地を売却せず,融資条件である本件土地の取得が実現しなかったため、申請から5年が経過した平成21年4月ないし5月ころ,上記融資を受けられないことが確定した。その上,控訴人が本訴を提起したことから,被控訴人は本件土地で畜産業を営むことを断念し,控訴人に対して,債務不履行による契約解除を通告して,反訴を提起したものである。
- 本訴提起と被控訴人主張の損害との間には因果関係がある。
第3 当裁判所の判断
1 本訴請求について
- 被控訴人が本件土地を掘削したことについては当事者間に争いがないところ,控訴人は,被控訴人が本件土地の掘削により生じた山土を他人に売却し たと主張するので,この点について検討する。
- 証拠(文中に掲記のもの。以下に引用する人証は,いずれも原審におけるものである。)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
- 被控訴人は,平成14年1月10日,〈業者A〉に対し,本件土地における伐木,掘削等の工事を請け負わせた(以下,この工事を「本件工事」という。)ところ,その際の〈業者A〉作成の見積書では,工事名称は「山林伐採及び土砂撤去工事」とされており,また,同見積書の明細書では,掘削によって生じる土砂に関する工事の名称は「表土処理,運搬処分工事」,「残土運搬処分工事」とされている(乙1,25,被控訴人本人)。
- 〈業者A〉作成の被控訴人宛て領収証には,「残土処理代」,「残土処分費」,「残土処理費」との記載がある(乙2の4ないし2の6)。
- 被控訴人が本件工事によって生じる土砂の運搬を依頼した〈業者B〉は,〈業者C〉,〈業者D〉及び〈業者E〉に土砂を搬入した。上記搬入先のうち,〈業者C〉は、〈業者A〉に対し,被控訴人を事業主とする本件土地及びその周辺における造成工事に関して,残土1万3000立方メートルの処分の受入れを承諾した旨の「残土処分受け入れ承諾書」を発行している。〈業者D〉の〈業者B〉に対する入出荷伝票には,単価,料金とも0円との記載がある。〈業者E〉は,〈業者B〉から,請求書の発行を受けているが,その請求書には金額の記載はない(乙8,12,25,27)。
- 奈良県生活環境部風致保全課は,被控訴人が本件土地及びその周辺土地において土砂を採取しているのではないかとの奈良市からの電話があったことなどを受け,被控訴人が採取した土砂を販売又は他の場所において盛土材料等に使用すれば採石法所定の手続が必要となることから,現地確認,関係者からの聴取等の調査を行ったが,被控訴人において土砂の利用目的があったことは確認されなかった(乙12,18)。
- 以上の認定事実によれば,本件工事に関する見積書等の文書上,掘削により生じた土砂は残土として処分することを前提とした記載が複数箇所においてなされており,土砂の運搬業者や受入業者の発行した文書上,被控訴人に対して土砂の代金が支払われた形跡はうかがわれず,また,奈良県の上記調査結果もこれに沿うものであって,その他本件全証拠によっても,被控訴人が本件工事により生じた山土を売却したとは認められない。
- そうすると,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴請求は理由がない。
2 反訴請求について
-
被控訴人は,本件契約に基づく控訴人の基本的義務として,被控訴人が本件土地において畜産業を営めるようにする義務を負うところ,控訴人は,虚偽の事実に基づく本訴提起により,その義務を履行する意思のないことを明らかにしたから,控訴人は,被控訴人に対し,債務不履行に基づく損害賠償責任を負う旨主張するので,この点について検討する。
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本訴提起に至る事実経過に関する次の各事実は,当事者間に争いがないか,証拠(文中に掲記のもの)及び弁論の全趣旨により認められる。
- 〈控訴人父〉は,平成14年3月1日,被控訴人との間で,〈控訴人父〉を賃貸人,被控訴人を賃借人とし,賃貸借期間を同日から3か年・更新可,賃料年額12万円で,畜産業を営むことを目的として,〈控訴人父〉の所有する本件土地について賃貸借契約(本件契約)を締結した。
- 被控訴人は,平成14年1月10日,〈業者A〉との間で本件工事についての請負契約を締結し,〈業者A〉は,同年2月から平成19年末ころまで本件工事を行った(乙1,被控訴人本人)。
- 〈控訴人父〉は,平成15年12月11日死亡し,控訴人は,同日,相続により本件土地の所有権を取得し,本件契約の賃貸人の地位を承継した。
- 控訴人は,平成16年ころ,第三者を介して被控訴人に対し,本件土地の買取りを求めた(いったん売買の代金額等につき合意が成立したか否かについては当事者間に争いがある。)が,その後,本件土地に隣接する土地の所有者である〈加茂町B〉が被控訴人に対し,同人が越境して掘削を行っているとの苦情を述べたことから,平成17年2月,被控訴人に対し,同年3月から1年分の本件土地の賃料の受領を拒絶するとともに,本件土地を売却する意向を撤回する旨を表明した(甲18,控訴人本人,被控訴人本人)。
- 被控訴人は,控訴人が,前記エのとおり,本件土地の賃料の受領を拒絶したため,平成17年2月28日,同日限り支払うべき同年3月から1年分の本件土地の賃料12万円を供託し,以後,平成22年2月16日の同年3月から1年分の賃料の供託まで毎年供託を続けた(乙10の1ないし10の6)。
- 〈加茂町B〉は,平成19年6月までに,被控訴人による本件工事について,不動産侵奪,廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反の被疑事実により被控訴人を告訴した(乙25,被控訴人本人)。
- 被控訴人は,平成19年9月3日,控訴人を相手方として,奈良簡易裁判所に本件土地の範囲の確認を求める民事調停の申立てを行ったが,同調停は不成立となった(乙6,25)。
- 京都地方検察庁は,平成20年2月29日,前記カの告訴に係る不動産侵奪,廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反の被疑事件につき不起訴処分としたが,被控訴人は,それに先立つ同年1月に検察庁に出頭した際,検察官から,本件工事をやめるよう指導を受けて,本件工事の続行を断念した(乙7,被控訴人本人)。
- 控訴人は,平成21年12月15日本訴を提起した。
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一般に,賃貸人は,賃借人に対し,賃貸借の目的物を,両者間の賃貸借契約において合意された目的に従って使用収益させる積極的な義務を負うものであると解されるところ,本件契約は,畜産業を営むことを目的とする土地の賃貸借契約であり(前記(2)ア),被控訴人の主張する,被控訴人が本件土地において畜産業を営めるようにする義務というのは,上記の趣旨において肯認することができる。
しかし,前記(2)において認定した事実経過によれば,被控訴人が本件土地において畜産業を営むために行った本件工事を中途で断念したのは,〈加茂町B〉から告訴されて捜査の対象とされ,最終的に検察官から指導を受けて,これに従うこととしたためであると認められる。その上,本訴の内容が,被控訴人が本件土地を掘削して得た山土を他人に売却して利益を上げたことにより,控訴人は同額の損害を被ったと主張して,被控訴人に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を請求するものであって、仮にこれが認容されたとしても,被控訴人による本件土地の使用収益が不可能になるものではないというべきであるから,本訴提起自体によって,被控訴人の本件土地における使用収益に何らかの支障が生じたとは解されない。
被控訴人は,控訴人が,本訴提起により,もはや本件土地を賃貸し続ける意思のないことを表明したものと解すべきである旨主張するところ,本訴提起が事実上そのように解される余地があるとしても,上記意思の表明によって,被控訴人の本件土地における使用収益が法的に困難になったとまで評価すべきものではない。
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被控訴人は,検察官から指導を受けて本件工事の続行を中断したものの,本訴提起時点では本件土地で畜産業を営む意思があった旨主張し,平成22年2月まで本件土地の賃料の供託を続けていること(前記(2)オ)を指摘するが,平成22年2月は,本訴が提起された平成21年12月(前記(2)ケ)より後であり,そのことはむしろ,本訴提起自体は,被控訴人が本件土地で畜産業を営むか否かの判断に影響を及ぼさなかったことを示す事情であるといえる。
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また,被控訴人は、かねて青年等の就農促進のための資金の貸付け等に関する特別措置法に基づき5000万円の融資を受けることにつき内示を得ていたが,融資の条件となっていた本件土地の購入が実現せず,平成21年4月ないし5月ころ,上記融資を受けられないことに確定したとの事情をも指摘するが,この事情は,本訴提起とは無関係であることが明らかであり,むしろ,被控訴人が本訴提起とは無関係に本件土地において畜産業を営むことを断念したことをうかがわせる事情であると解する余地もある。
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なお,被控訴人作成の陳述書(乙25)には,控訴人が〈加茂町B〉による被控訴人の告訴に加担したはずである旨の記載があるが,これを裏付けるに足りる証拠はないから,控訴人が上記告訴に加担したとは認められない。
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以上によれば,控訴人による本訴提起は,本件契約に基づく賃貸人の義務に違反するものではないというべきである。そうすると,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の反訴請求は理由がない。
3 結論
以上の次第で,控訴人の本訴請求及び被控訴人の反訴請求は,いずれも理由がないから棄却すべきであるところ,原判決の結論は,当裁判所の上記判断と一部異なるから,本訴請求についての本件控訴を棄却し,原判決中反訴請求に関する部分を取り消してこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 安原 清藏
裁判官 中尾 彰
裁判官 和田 健